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投稿コメント一覧 (5529コメント)

  • >>No. 322

    現代思想 2015-1 特集 現代思想の新展開 (青土社)の千葉雅也のインタビュー「思弁的実在論と新しい実在論」によればメイヤスーは最終的に死者がよみがえる第四世界がくるなどとのたまってるようでそんなゾンビワールドは認められない。

    人は無意味に殺され続け永久にむくわれず宇宙全体が墓場と化すと思ってるんで。

    ただメイヤスーによってそれぞれタコツボ化していたポストモダン哲学と分析哲学と大陸哲学が入り乱れる状況になってきたのはおもしろい。一時はソーカルによってポストモダン哲学は葬られたなんて早とちりするトンマもいたからね。

  • 現実ころがしと生活ころがし以外にないのか?

    まるで無限に長生きできるかのようにサッカーだの将棋だのに夢中になりやることがなくなると戦争すらやり始めるトンマだらけ。今はゲーム中毒も300万人くらいいるようだが現実ころがしに疲れたからといってスマホ転がしに引きこもるな!

    超現実ころがしや宇宙ころがしにも少しは人員を割いてほしいもんだぜ。

  • 亡霊のジレンマ ―思弁的唯物論の展開―
    カンタン・メイヤスー
    千葉雅也 著,岡嶋隆佑、熊谷謙介、黒木萬代、神保夏子 訳
    青土社

    「メイヤスーの哲学は、ポスト構造主義から引き継がれたテーマ、キーワードを、人間的意味を徹底的に無化する方向へとラディカライズしている」(序文:千葉雅也)。
    来たるべき神と全人類の復活を謳う表題作から、議論を呼んだマラルメ論、SF論まで。『有限性の後で』では表れなかった、メイヤスー哲学のもう一つの相貌。

    ↑ 神は現時点では存在しないがまったくの偶然により突然発生するかもしれない。事物それ自体=数学的外部という話らしい。

    おれの主張。神などという人間の想像力内部にあるものは人間の知識がいずれ実現してしまうだろう。現時点における「神」なるものは9000億年後の凡人。よって9000億年後における「神」は今の我々には想像外である。数学は事物それ自体でもなんでもなく人間の意識と肉体的制約の射程内にある。

  • 「すこしの差異は人を人種差別へと導く、だが、おびただしい差異は、差別からどうしようもなく遠ざからせる」

    ロラン・バルト 複数、差異、衝突

    偉い! 人間どんぐりの背比べなどに用はない。5億年前のイソギンチャク、人類、9000億年後のデジタル怪奇生物…そんくらいの感覚でいろ。

    マウンティングは犬猫にまかせておけ!

  • 掲示板という場所は地道な調査や懸命の努力は嘲笑されるらしい。あんまり他人の投稿を読んでいないんでよく知らんが揶揄や反感を会話のようなスピードで返すのが主流なのか?

    おれは雪国に生まれ虫けらだけが友だちだった陰気な男なんだからそんなことを要求するな。だいたいおまえらは現実を知らない。石をひっくりかえしたこともないし畑に捨ててある生ごみに集まる甲虫を見たこともない。もやしっ子は黙っとれ! 朽ち木を割りキノコの裏側を観察し穴の開いた雑草の葉っぱを裏返す。そういう地道な作業をやらねえからうけねらいの瞬発投稿しかできないんだ。

    死ぬ間際になって「そういえば無縁仏とかいうマヌケが死は生という拷問からの解放であるとわけのわからねえことを唱えてたがこれから確かめられるな」と思い出したりするのがおれの投稿。 

    わかったな!

  • 古代の賢人はどう考えたか。

    真の世界オグドアスの無窮性、永遠性、無限定性、無時間性を真似ようとした最下級トンマヌケ神(旧約の神)は落ちこぼれであったため真の世界の永遠を真似ることができず永遠なるものを時間(クロノス)と時季(カイロス)と多くの年に移し替えた。時間(クロノス)を膨大にすれば真の神の無窮性を真似ることができると思ったから。だがこんなハリボテはやがて消滅するであろう。

    エイレナイオスがこのもっともな主張に泣きながら反論したのが「異端反駁」。だがそれから2000年経っても紀州のエロオヤジだのトランプ大統領だのゴミみたいなもんだらけなので古代の賢人が正しかったといえよう。

    ざまあみさらせ!

  • 朝日新聞 声 子どもの虐待

    「街で出会う親子にほほえみを」 東京都主婦 68歳
    「親の心の内 本当は聞いてほしい」 北海道嘱託職員 45歳
    「虐待した親の社会的支援も必要」 埼玉県主婦 71歳
    「親権の制限を考えるべきだ」 神奈川県会社員 60歳
    「子育て支援センター利用して」 愛知県保育士 42歳

    悔しかったらおまえらも毎日読んでみろ。最低20年くらいな。他人の分まで生活現実を噛みしめればおれのような心境にならないとも限らんぞ。

  • わかりにくいことを主張すると虚勢だのうけ狙いだのと言いがかりをつけられてしまう場合がある。

    しかしわかりにくいからと言って嘘であると葬ろうとするのはいかがなものか。

    おれが白川由美や藤真利子が松井珠理奈より好きなのはどうしようもないこと。「美女と液体人間」「妖星ゴラス」のときの白川由美だけでなく50歳になったときの白川でも松井珠理奈より好きなんだよ。

    なんかの説教でおれが今後松井珠理奈に好みを変えると思うか?

    タワケが。

  • どいつもこいつもアクビしかでない話しかできないのか!

    おれは新聞の読者投稿欄や人生相談は欠かさず読んでいる。あとはNHKの悲惨な現実特集。一時は山田太一や倉本聰のドラマまで見ていた。だから生活現実の「勉強」はもういいんだよ。日々の生活における喜怒哀楽は庶民にまかせておけ。おれには関係ない。おれにそういう話をもってくるマヌケどもはおれの嫌いなメロンを食わせようとするのと同じ。メロンはうまいからおまえも食えだのほんとは好きなんだろだのうるせえんだ!

    メロンが好きならてめえたちだけでたらふく食ってろ。

    おれはいらねえ。

  • >>No. 309

    > 生活現実、現実生活?どこかの作家の造語なんだろうが馴染めないなぁ。(造語自体は言葉遊びで否定はしない)生活するという事は意識がどうであれ、肉体が存在し欲望も存在し、それを満たすために気に入らない仕事を我慢してやるという事だよね。(お金が有り余ってる有閑人種を除く)でも不本意な行動から意欲だとか満足感が湧いてくる事もある訳だから、世間一般の勤労は悪い事じゃなさそうだ。(何よりみんなと一体感が得られるのは大きい)そう言うのに満足して幸せを噛みしめてる時に不測の事態が起きたりもする。真面目も不真面目も何らかのリスクはあるみたい。

    文章が致命的に下手。そういう朝礼の校長話が好きなら押井守でも読んでたら? 


    ひとまず、信じない
    押井守
    中公新書ラクレ

    世界が認める巨匠がおくる幸福論の神髄。ネットが隆盛し、フェイクニュースが世界を覆う時代、
    何が虚構で何が真実か、その境界線は曖昧である。こういう時代だからこそ、所与の情報をひとまず信じずに、自らの頭で考えることの重要さを著者は説く。
    幸せになるために成すべきこと、社会の中でポジションを得て生き抜く方法、現代日本が抱える問題についても論じた、押井哲学の集大成とも言える一冊。

    序論――虚構の中に真実を宿らせる

    第1章 幸福論――幻想は人を不幸にする

    第2章 仕事論――説得する努力を怠ってはいけない

    第3章 ニセモノ論――つまり、初めからフェイクなのだ

    第4章 政治論――覚悟を決めない政治家たち

    第5章 人間論――人間以上に面白いものがあるはずがない

    第6章 映画論――「良い夢を見た」でもいいじゃないか

    ↑ おれは生活現実から教訓を得たいとすればこういう本や新聞の読者投稿から学ぶ。文章がおれと同レベルのシロウトから学ぶ気はない。

  • >>No. 306

    それは説明だろ。

    おれは説明して他人をうならせたり自分が偉大な思想の担い手であると自覚したいわけじゃないの。洞窟性昆虫が眼が退化し体色が抜けていくとかそんな感じで生活現実を考えなくなっていっただけでな。日本海溝のナマコは深海の水圧には耐えうるが地上では干からびて終わり。人間の生活現実と深海ナマコの生活現実は大きく違う。そいつは優劣でも必然でもなくたまたま。深海ナマコなのに人間の生活現実にしゃしゃり出て改革案を提示する気はない。人間のつもりでいる深海ナマコに無理なことやめて日本海溝に戻ってこい!…というメッセージは発信してるがな。

  • 20代のころころ釈迦と同じ「ような」発想から安定して堅実な世界をすべて捨てた。生活現実至上主義者や両親からみればアホの極み。おれも一時判断を誤ったかと思った時期もある。その後の展開を考えると捨てて正解。

    生活現実に価値を見出せない連中が落ち着いて過ごせる空間は生活現実にはない。多くの人間が生活現実の中に無理やり超現実を組み込もうとして失敗する。実際には組み込めない。なぜかというと生活現実とは過去と現在という短期間のことだが超現実は無限未来や非存在者、反宇宙から可能世界まで含んでいるから。

    生活現実に限定された欲望を寸止め欲望という。欲望は超現実まで射程に入れろ。生活現実にしがみついてうじうじしてるより壮快だぞ。

  • 自分が知ってることを他人が知っている前提で話を進めてしまう癖がある。たとえば「快傑ズバット」や「イナズマンF」を男なら見てるはずとか。

    さて「白樺派」だがなんせ古本屋の倉庫状態なんで探すのに苦労した。おれは投稿にも一定の責任があると考えてるんで語源を書いておく。

    呉智英「大衆食堂の人々」(双葉文庫)にある「シラカバ派の知識人たち」より。

    >私は、平岡正明が不器用なほど真面目で一途で善良であることに気がついていたから、それを一言で言い表す言葉を潜在的に探していたのだろう。なるほど、シラカバ派か。私は、この言葉を反芻しては微笑んだ。

    で驚いたことに平岡正明と並べて三島由紀夫も同類として扱われている。その後には石川淳や、平岡正明をシラカバ派と指摘したアングラ演劇人も実はシラカバ派だという(おれは呉智英もシラカバ派だと思ってる)。

    おれの解釈だと白樺派には良識系と反抗・挑発系があり作家とインテリの大部分は白樺派。

    じゃあ白樺派じゃないのはどんな人間か。三つの願いをかなえると言われたときに

    「おれは一つでいいぜ。宇宙を今すぐ消せ」

    という正直者。これ説明だからな。反抗でも挑発でも不平でも怨恨でもない。どんな話し合いや改心の余地もない話。なんかの取引を始めようというわけでもない。あと理解されようとも思ってない。この方針で人生設計してるだけ。生活現実至上主義者が利権をめぐって戦争さえ始めなければ平和に共存できると思うね。おれの利権が生活現実にない以上当然だ。

    なるほどおまえの活動領域はおれたちの生活現実とは関係ねえ…勝手にやってろ…このような対応が大人♪

  • クリスチアナ・ブランドの「ジェミニー・クリケット事件」という恐ろしいミステリ短編があったがなんとなくそんな雰囲気が漂ってきた。

  • >>No. 300

    > 誰かが君に”カエルの板消したか”と質問した事はない。だから君は”カエルの憎悪の対象”ではなく、カエルの話し相手でしかない。しかし話し相手というのは、”切羽詰まった人間”にとって神にも天使にもなり得る。だからそれを利用して”莫大な遺産を相続するヘルパー”というのも少なからず存在する。君が演じ切れるかは別の話だが。

    おれ流に解読するとおまえは切羽詰まっているが莫大な遺産をもちおれが天使のような対応をすれば遺産がもらえるとこんな感じかな?

    おれは100億円積まれても解決しない問題にとりつかれてるんで好きなようにやらせてもらう。

  • >>No. 294

    > 白樺派だと決めつけて散々馬鹿にした君が
    > 今更”三島賛美”に転向したか!
    > やっぱり君は自衛隊で鍛えて貰う方がいい

    おれは白樺派をばかにしていないぞ。白樺派というのは生活現実の上に理想をつくっていく連中だ。だから三島も白樺派かもしれないと投稿している。

    投稿というのはチャットじゃないんでな。おまえに反応した投稿は誰かも読んでるわけだ。おまえは妻に先立たれたさびしさをおれをいのちの電話代わりにしてまぎらわそうとしてるだけ。さびしんぼガエルを利用して一般論に持ち込むという魂胆がある以上どうしても反応は遅くなる。

    おまえはおれがヤフーの社員だという妄想にとりつかれてしまってる。おれが社長ならこんな社員がいたら即座にクビにすると思うね。

  • >>No. 290

    > 一つ言っておこう
    > 人が触れて欲しくない部分をえぐる行為は
    > 勝利に近いけど誰も認めてはくれない
    > 再び君の上司がダメ出しに来るだろう

    おまえは三島由紀夫について同じことをしたんだよ。

    鈍いヤツは同じことされないとわからないからな。

  • >>No. 283

    身体や脳の制約から意識が解放された時に「言葉」「感覚」以上のものが生まれる可能性があります。

    次にくるのは物理的限界。ここもなんとかなるだろうという楽観はあります。なにしろ9000億年ありますから。

  • >>No. 284

    > ”ギャンブルロケット”に護衛はいるが
    > ここは誰も守ってくれない
    > 君が株板で辣腕を振ってない限り
    > 仕事が減るのは時間の問題だろう

    オオキベリアオゴミムシの幼虫はカエルしか食べないそうだ。おまえの場合その幼虫すら寄りついていないようだな。おれは誰かの妾でもないし幼児でもないんで守ってもらわなくてもいいぞ。

    森の中の一軒家でケロケロ鳴きながら小銭勘定でもしてたらどうだ?

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