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投稿コメント一覧 (3306コメント)

  • >>No. 77373

    》そこで、GHQがこれを鎮圧し「彼らは戦勝国民ではない。配線国民
    でもない第三国民である」としたことから、当時の日本人はこれら
    横暴を極めた彼らを「三国人」と呼んだ。《

    いいえ、彼ら自身が「私は第三国人ですよ!」と言ったのです。
    勿論その意味は「自分は戦勝国人つまりアメリカ人に準じる人間であり、敗戦国の警察力の及ぶところではない」ということです。
    日本人も当人たちの自称を使い始めましたが、当然のことながら、いかなる名前で呼ぼうとそれが直ちに侮蔑語になるのは避けられません。

  • >>No. 244959

    》君の質問は要点をついていない。

    おのれのアホ国語力をワシのせいにしないように。

    》陳子の言い出す数値は、
    ・・・
    「四極徑八十一萬里(八十一者陽数之終)」の逆算値でだしている。《

    先生、
    1)「四極徑八十一萬里」から「夏至南萬六千里、冬至南十三萬五千里」がどのように導かれるのか、
    2)「四極徑八十一萬里」はどこから出てきたのか、
    教えてください。

    》「八十一萬里」に関係させない他の天文家は、
    「周礼」が言う「一尺五寸」を取る。《

    「四極徑八十一萬里」と関係のない「一尺五寸」はどこから出てくるのですか。

  • >>No. 25965

    》日系車と中国車の「エンジン技術」、その差は「中国人が失望するレベル」

    だからEVに舵を切った。正解だね。
    で、10年後に
    日系車と中国車の『電池技術』、その差は「中国人が失望するレベル」
    という記事が出るように日本の技術者にがんばってもらいたいね。

  • >>No. 244916

    》いずれにしても、お主と議論しても、実になるのものは何もない。

    それはね、
    オマエが、ワシの書いていることを全く理解できないレベルのアホ、だからですよ。
    とりあえず、
    ※ 仮説は帰納なので、「古田の仮説は演繹の根拠がない!」は反論にならない
    ってことだけは理解できるといいんだが、ま、むりだろうな。

    》お主との議論はやめる。
    つまらんわ。《

    ワシが、
    #244831 >>>>>>
    こっちのキ印もあきらめたようだな。
    結構なことだ。
    <<<<<<
    と書いて締めたのに、オマエが突かれてできたんだろうが。
    しかもやりとりをすっかり忘れてまた最初のアホな主張に戻っているし。

  • >>No. 244917

    》女王国=邪馬台国と、倭國=卑弥呼が女王をちゃんと分けて考えよな。

    あれまぁ。本件はキ印ワールドでしたか。
    そりゃ失礼。

  • >>No. 244948

    》君一人を置いて逃げやしないから、

    せめて、逃げ回る時にかっこつけるのは、みっともないからやめましょうね。

    答えてくださいね :
    ※ 夏至には南萬六千里の地点で、冬至には南十三萬五千里の地点で、正午に太陽が頭上にあることを、どうやって知ったのですか?

    で、どうせ答えられないでまたまた逃げ回るのでしょうが(しかも、エラソーに)、
    なぜ答えられないんですか?

  • >>No. 244901

    》女王国は沖縄あたりにあるというのが倭人伝の設定だ。
    》そこから四国あたりまで何里になるよ。

    ん? オマエさぁ、「倭人伝の設定」と現実の地理を行ったり来たりしてるんじゃネーの?
    ほんとにキ印の考えることは支離滅裂だな。

  • >>No. 244897

    》mkpoさんには、エラそーに「訳してみろ」などとふんぞり返っているのに、

    ワシは、普段はそんな失礼なことを言わないから、今回は理由があるのだろう。

    》ワイが「訳してみてちょ」と要請すれば、別の方向へ舵切ってうやむやにしてしまう。

    失礼な野郎だ、と言ってある。
    オマエの議論に必要なら、オマエが訳せばよいで。

    》ということは、南と北では1里の長さが異なるということだ。
    前にも言ったが、同じ1里の長さがそれぞれに異なれば、それはもう物差しの単位にはなり得ないということだ。《

    そして、どうせこんなくだらない屁理屈しか出てこない。
    最初から結論はでているだろ:オマエは計測の概念を理解しない馬鹿。
    さらに、「物差しの単位にはなり得ない」と、何が問題なのか質問したが、な~んにも出てこない。

    》そして、お主はこの異なる数字を平均すれば76.5mになるとし、

    そんなことを言った覚えはないな。
    オマエが勝手に平均したんじゃないのか?

    》それが1里=76.5mという単位になると主張しておるが、

    そんなことを言った覚えはないが、いずれにしても↑これは意味不明。

    》その異なる数字を平均した数字が1里の長さであると、「周髀算経」の中に書いてあるのかよ

    オマエのネゴトが周髀算経に書かれているわけがないだろ。

    オマエは、ワシが書いていることをまったく理解していないな。

    》お主が勝手にそう主張しとるだけだろが。

    「正確な物差し」はオマエが欲しがっているおもちゃだ。
    ワシはそんなもので何をするにか、まったく理解できない。
    そしてオマエも、そのおもちゃで何がしたいのかわからない、というお粗末なオチだった。

    》谷本は76m~77mの長さが1里の単位だと言うておるが、1mも誤差がある物差しの単位なんて有り得ないことは、お主も納得したことだ。《

    オマエのような馬鹿ではない谷本がオマエと同じネゴトを言うわけがない。

    ワシ、いつも思うんだが、
    ※ ここまで馬鹿だと、人生はそれなりにハッピーなんだろうか。

    》その76.5mは・・・何の意味もない。

    意味はあるさ。「正確な物差し」というオマエが欲しがっているおもちゃだ。

    しっかし、馬鹿過ぎる。

  • >>No. 244894

    》>「「此の」と言われても『どの一』だかわからんから、」
    わからないなら、あてずっぽで言及するな。《

    なんだろうねぇ、この馬鹿さ加減は。
    ま、とりあえず『どの一』だか解説してくれよ。

    》子供でもわかる答えが、理解できないなら、

    逃げ回ってないでちゃんと答えましょうね。
    ・・・ああ、そうか、何がどう「答えになってない」がわからんわけだ。

    「太陽の真下に、”直角”に竿を立てれば、そこに影ができないことは」、オマエのようなアホでもわかるだろうが、ワシの質問は :
    >>>>>>
    どうやったら
    夏至の南萬六千里や冬至の南十三萬五千里で、日中の立竿に影は無い
    ことがわかるんだ?
    オマエさぁ、「南回帰線まで実際に行ったのだ、距離を測ったのだ」と言ってるのか? いくらオマエでもそんなことは言わないだろ?
    <<<<<<

    ほれ、逃げ回ってないで答えろ。

  • >>No. 244885

    そうそう、トレースバックするのに不便だから、ちゃんと「返信する」を押してね。

  • >>No. 244879

    》普通の知能では、そうした原文を引用する時は、出典を書くもんだ。

    じゃ、ワシは「普通の知能」ではない、ってことで。

    》ワイは、訓読と翻訳を今ちゃんと用意してある。 お主が先に出せ。

    オマエの議論に必要な情報は、「お主が出せ」ばよかろう。

    》証拠出せんのは分かっているが、まあ、これも楽しみのひとつだからなあ。

    「オレ様はオマエの出した証拠なんぞ証拠として受け付けないぞ~」とわめいて逃げ回るのが「楽しみ」ってのも、「反・古田」教徒に共通のパターンだ。見飽きたドラマ。

    横槍 >>244884
    》・・・百歩譲って愛媛県付近としても、身長がごく低い人がすんでいるかどうかちゃんと分かるはずだ。

    ※ 又有侏儒國在其南人長三四尺去女王四千余里

    これをオマエの大好きな魏晋朝の里で計算しても、「國」というほどの島には行き着けないと思うぞ。

    ● こうしたことからして、倭人伝の距離の単位として1里=434mの単位が用いられているという主張は、倭人伝の記述とは相容れない主張だと言わざるを得ないのだ。∩∩

    「反・古田」教徒に共通のパターンには、ブーメラン野郎ってのもあります。
    ってユーか、こんなアホロンリで済むなら、↓これでOK:
    ※ 1里=434mは実際の地理とまったく一致しない。
    従って、韓伝・倭人伝がその「公式の物差し」では書かれていない。証明終り。

    ま、馬鹿は無敵だ。

  • >>No. 244885

    》独りよがりですっきりする前に、自分の脳を疑え。

    オマエと篠原善富は、独りよがりですっきりする前に、自分の脳を疑わんでいいのか?
    馬鹿の考えることはホントにわからん。

    》そもそも「此一者」の「此の一」は「一」を指す。

    「此の」と言われても『どの一』だかわからんから、その解釈は無理。
    しかし、ワシの「此れ=周髀」という解釈もイマイチだな。
    じゃぁ、「此れ=夏至南萬六千里、冬至南十三萬五千里」でどうかな。これぞ「天道之數」だ。
    いずれにせよ「一」は副詞で「強調=なんとまぁ」でいいだろ。
    オマエのようなアホと議論しても、ごくたまには学ぶものがある。ありがと。

    》太陽の真下に、”直角”に竿を立てれば、
    そこに影ができないことは、
    子供でも理解する。《

    ↑これは答えになってないだろうが。
    (馬鹿の考えることはホントにわからん。)
    ほれ、答えろ :
    どうやったら
    夏至の南萬六千里や冬至の南十三萬五千里で、日中の立竿に影は無い
    ことがわかるんだ?
    オマエさぁ、「南回帰線まで実際に行ったのだ、距離を測ったのだ」と言ってるのか? いくらオマエでもそんなことは言わないだろ?

    *** 逃げ回ってるが、↓これは大事だ。 ***
    ほれ、↓これを訳してみろ :
    昔者榮方問於陳子曰、今者竊聞夫子之道、知日之高大 光之所照 一日所行 遠近之數 人所望見 四極之窮 列星之宿 天地之廣袤 夫子之道皆能知之。其信有之乎?
    陳子曰、然。
    ・・・
    榮方復歸思之。數日不能得。復見陳子曰、方思之以精熟矣 智有所不及 而神有所窮 知不能得 願終請說之。陳子曰、復坐。吾語汝・・・
    <<<<<<

    オマエのアホ解釈や、だれぞのアホ校勘が誤りである根拠だ。

  • >>No. 244886

    (少年に先に言われてしまったが、)

    》よいか

    馬鹿がエラソーにするのはよくありません。
    何度も同じことを言わせないように。

  • >>No. 244874

    》つまり、“短里”は証明できないデタラメだった、でいいということだな。

    オマエのロンリはさっぱりわからんが、
    要するに↓これでいいってことだな:
    ※ つまり、「1里=434mの魏晋公式の物差しで書かれている」は証明できないデタラメだった

    》上の文章が何と言う書籍に載っているのかくらい書けよ。

    さあなぁ。
    例えば、周髀算経のテキストにはいろいろなバージョンがあり、ワシが書いたものとは異なるテキストでは谷本短里は成り立たない、とか、オモシロい話があるのか?
    もったいぶらないで出せよ。

    》それに、すまんが、日本語に翻訳してくれんか。

    やらない。

    》ワイの翻訳とお主の翻訳が違っていたら困るからな。

    どうせ、こういうことだろ。
    (馬鹿ってのは、馬鹿だから失礼を失礼と思わない。)

    オマエのアホ翻訳を提示てみろよ。ワシが採点してやるよ。

    》ほんなら、証明したことにならなわな。

    オマエのようなキ印を説得しようとは思わんので、仕方がないな。

    》逃げ打ったのだな。
    ・・・
    アホ。《

    逃げ回るアホは常にオマエだ。

    再掲:
    >>>>>>
    どうせオマエは返事ができないテーマは無視して「なかったこと」にする。

    例 :
    #244854 (以下、省略)
    <<<<<<

    で、↓これは理解したのか?
    >>>>>>
    》千里の馬、五里霧中の1里が、メートル換算で76.5mだという証拠を出せというとるのだろが。

    周髀算経。
    馬鹿は、常にオマエだ。
    <<<<<<

  • >>No. 244869

    おい、馬鹿珍、↓誤魔化さずにちゃんと決着をつけろよ。
    >>>>>>>
    m>つまり、景1寸差のできる距離は日々異なり、
    最大になるのが夏至で、最小は冬至の時。
    わかるか。<

    ↑いくら馬鹿なmkpoでも、馬鹿過ぎる発言だなぁ。
    ワシは何を「わかるか」と質問されているのかねぇ。
    <<<<<<

    ほれ、ちゃんと解説するか、土下座して謝れ。

    さて、今日のネゴト。

    》「此一者天道之數」は、
    篠原善富氏が『周髀算経国字解』で、
    「錯簡ナリ」と言っているが、
    私も彼に賛成する。《

    篠原善富がどんな人物か知らんが、オレ様は「錯簡ナリ」と思うと言うだけならワシが恐れ入る必要はないだろ。
    ワシ説:
    ※ 此一者天道之數 = この竿(=周髀)は宇宙のマジックナンバーである

    単純、すっきり、何の問題もない解釈。

    》「髀者股也、正影者句也。」は、
    商高篇で出てきたが、
    「股」は直角三角形の高さであり、
    「句」は直角三角形の底辺にあたるということじゃ。《

    これって、mkpo博士にエラソー講義してもらわなきゃいけないことなのか?
    (馬鹿の考えることはホントにわからん。)

    とユーことで、馬鹿珍は、
    >どうやったら
    夏至の南萬六千里や冬至の南十三萬五千里で、日中の立竿に影は無い
    ことがわかるんだ?<
    に答えないで逃げ回ってます。

    逃げ回っていることを誤魔化すために、
    》既に終わった質問を九官鳥の様に何度も繰り返すな。
    少しは思考を進歩させなさい。
    わかるか。《
    と、エラソーに言うわけだね。馬鹿だねぇ。

    誤魔化すのはやめなさい。
    ほれ、↓これを訳してみろ :
    昔者榮方問於陳子曰、今者竊聞夫子之道、知日之高大 光之所照 一日所行 遠近之數 人所望見 四極之窮 列星之宿 天地之廣袤 夫子之道皆能知之。其信有之乎?
    陳子曰、然。
    ・・・
    榮方復歸思之。數日不能得。復見陳子曰、方思之以精熟矣 智有所不及 而神有所窮 知不能得 願終請說之。陳子曰、復坐。吾語汝・・・


    再掲:
    しっかし、こんな馬鹿がなんでエラソーにしているのか、ほんとに不思議。

  • >>No. 244857

    》そう断言してるんだからよ、それを証明してちょんまげ、というとるわけ。

    (こやつ、完璧なキ印である。)
    単なる事実。
    1里=434mは実際の地理とまったく一致しない。
    従って、韓伝・倭人伝がその「公式の物差し」では書かれていない。証明終り。

    》「…だろう」なら幼稚園児でも言えると、前に言うただろう。・・・「だろう」は推測に過ぎん。

    それでいいのだ、と説明しても理解できない馬鹿である。
    キ印くんにとっては、『韓伝・倭人伝も魏朝の「公式の物差し」で書かれている』という実際の地理とまったく一致しない主張は「だろう」ではないらしい。
    馬鹿であることは、議論における最強の武器だな。

    》ワイにも分かるように、「一寸千里」がどう短里で書かれているのか解説してくれ。

    馬鹿にはわからなくて不思議はないが、テキストは以下のとおり。
    ※ 日中立竿測影。此一者天道之數。周髀長八尺。夏至之日影一尺六寸。髀者股也。正影者句也。正南千里句一尺五寸。正北千里句一尺七寸。

    》ワイが言うとるのは、その一節の具体的な文章のことだよ。

    そんなめんどうなことをする程、ワシは親切ではない。
    どうせオマエは返事ができないテーマは無視して「なかったこと」にする。

    例 :
    #244854 >>>>>>
    》(ではない)と言っているだけであり、なぜ(ではない)のか説明しないままに終わらせたいアホ。

    ニュートンの例で説明してやっただろ。

    オマエは、自分が逃げ出すと議論が消えてなくなると信じているんだろうが、
    世の中はそれほど都合よくできていない。

    a>ニュートンは自分の理論をちゃんと論証している
    c>どんな「論証」だ? 「実験する → オレ様の理論と合っている」だろうが
    a>(逃げ出した)
    <<<<<<

    そして、本日もまたまた、逃げ出した。
    ニュートンの例が「仮説は演繹ではなく帰納」の説明であると理解しないから、「わけのわからん方向へ、舵切ったのか?」というネゴトが出てくる。

    オマエがたいへんに腐りきった野郎だから、ワシはオマエのことをボロクソに言うのだ。

    》千里の馬、五里霧中の1里が、メートル換算で76.5mだという証拠を出せというとるのだろが。

    周髀算経。
    馬鹿は、常にオマエだ。

    オマエは馬鹿すぎて相手をするのが退屈だ。

  • >>No. 244849

    「反・古田」教徒に共通の特徴 :
    1.ものすご~く馬鹿
    2.馬鹿過ぎるからおのれが馬鹿だと理解できない
    例外はありません。

    》(ではない)と言っているだけであり、なぜ(ではない)のか説明しないままに終わらせたいアホ。

    ニュートンの例で説明してやっただろ。

    オマエは、自分が逃げ出すと議論が消えてなくなると信じているんだろうが、
    世の中はそれほど都合よくできていない。

    a>ニュートンは自分の理論をちゃんと論証している
    c>どんな「論証」だ? 「実験する → オレ様の理論と合っている」だろうが
    a>(逃げ出した)

    》どうも自分でも帰納、演繹がわかってない雰囲気。

    オマエなぁ、自分のアタマの悪さをワシのせいにするんじゃネーよ。

    》知らんがな。 ワイは、1里=434mだと言うとるだけ。

    ワシが演繹で「→ ゆえに、方可四千里は1里=434mでは書かれていない」と証明しちゃったんだから、諦めろ。論理は強力だ。

    》1里=434mは魏晋公式の物差しの単位。

    「知らんがな」でいいだろうが、アホ。
    韓伝・倭人伝がその「公式の物差し」では書かれていないこと明白だ。

    》“短里”なんて、いつから誰がつかってるのよ。

    周の時代の「公式の物差し」だろうな。なにしろ『周』髀算経の「一寸千里」が短里で書かれている。

    》使っている中国文献、2つ、3つここに書き出してみてよ。

    残念ながら、「痕跡」しか残っていない。
    周髀算経の一寸千里、谷本が見つけた山海経の一節、古田がみつけた風土記のとある島の記事。
    当然ながら、周の時代から使われている表現は短里だ ... 千里の馬、五里霧中。

    》アホの一つ憶え。

    他に言うべきことはありません。
    オマエが理解しないから繰り返す必要が出てくる。
    おのれのアタマの悪さをワシのせいにするでない。

  • >>No. 244833

    》魏晋1里=434mで、倭人伝の「渡海千余里」をメートル換算したら、北部九州の行橋市からだと、その千余里は大和の天理市までの距離に相当する。《

    半島 → 対海 → 壱岐 → マツロの『「渡海千余里」を魏晋1里=434mでメートル換算』するとどうなるんだ?
    アホすぎるだろ。

  • >>No. 244832

    なんだよ、突かれてから慌てて出てくるなよ、みっともない野郎だな。

    》検証するなど、単にアホらしいだけ。
    ・・・
    》学者らが何も言わないのは、単に相手にしていないだけ。
    ・・・
    》その結果がどうなったの? 学者らは、誰も相手にしなかった。

    そうやってエライ先生方が逃げ回った結果が、文献古代史業界の消滅、だ。
    目をそらしても、現実は変わってくれない。

    現在は、考古学者が「ボランティア」で文献も論じている、というシュールな世界になっちまった。

    》わけのわからん方向へ、舵切ったのか?

    いいえ。
    『魏晋の公式の物差しとして“短里”が制度化されていたとして、その“短里”でもって方可四千里に当ててみて、「ぴったりだ、公式“短里”は用いられていた」というのが筋』、ではない、と反論されちゃってるのに、それを無視しちゃいかんなぁ、と言ってるんだよ。

    仮説は、(オマエにもわかる表現を使えば)「帰納」だ。
    「演繹ではな~い」は反論にならん。

    演繹で済むなら、
    ● オマエの魏晋の公式の物差しとやらをあてはめると方可四千里はまったく現実に合わない → ゆえに、方可四千里はオマエの大切な物差しでは書かれていない
    で納得しろよ、アホ。

    「何を言ってるのかさっぱり分からん」のは、オマエが馬鹿だから。

    》もう少し、言いたいことを整理してから、書き込んだら?

    馬鹿にわかるように書くのは難しいんだよ。
    ワシには、どこがわからんのかさっぱりわからんからな。

    》ワイは、倭人伝の1万2千里は過大な数字であり、古田の(1里=65m~90mの中の75mに近い値)という《短里》なんぞ存在しない、と言うただけ。《

    オマエのような馬鹿にはこれ以上説明しても無駄だが、
    オマエの「存在しない」という『論証』はゴミ。
    「演繹ではな~い」は論証にならん。

  • >>No. 244719

    こっちのキ印もあきらめたようだな。
    結構なことだ。

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