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投稿コメント一覧 (14839コメント)

  • 朝日新聞が載せないニュース

    ●関西生コン幹部の一斉逮捕!

    ●山尾志桜里のダブル不倫と離婚
     有権者への説明皆無

    ●日本のマスコミ教育の中国政府から
    日本政府への要求

  • ■朝日新聞 見出し・記事 

    ●1959年12月25日

    「"ばく進する馬" 北朝鮮  
    よくはたらく人々  
    飛行場変じてアパート」

    首都平壌はすっかり新しく再建され、
    5階建て、6階建て、長さ100メートルは
    楽に超すようなすばらしく大きい
    労働者用アパートが林立している。
    300世帯が1つのアパートに住むが、
    そういうアパートが何百とあって
    数え切れぬ。
    日本に追いつく5ヵ年計画を
    千里の馬に乗せて
    北朝鮮中が脇目もふらずに
    働いている。
    こんなに働いて皆不満はないか
    と訊くと、ある人はこういった。
    「 冗談じゃない。働けば働くほど
    生活が目に見えてよくなる。
    ボロボロの家から
    近代的アパートに移れた。
    家賃はタダみたいに安い。
    米もタダみたいだ。
    目に見えて生活が
    よくなって行くので
    うれしくて皆働きたくなる 」

  • ■朝日新聞 1960年2月26日

    「地上の楽園」

    帰還希望者が増えたのは
    なんといっても
    『完全就職、生活保障』と
    伝えられた北朝鮮の魅力。
    将来に希望の少ない
    日本の生活に愛想を尽かし、
    二度と戻れぬ日本を去って
    “未知の故国”へ渡るフンギリを
    つけかねていた。
    ところが、第一船で帰った人たちに
    対する歓迎振りや、
    完備した受け入れ態勢、
    目覚しい復興振り、などが報道され、
    さらに『明るい毎日の生活』を伝える
    帰還者たちの手紙が届き、
    帰還へ踏み切った。

  • ■週刊文春 見出し・記事  2003年1月20日

    『週刊朝日』 地村夫妻騙し討ち「独占雑談」

    地村保志さんの父、保さんが怒りを露にした。
    「彼らは犯罪の被害者であり、
    24年ぶりに日本に帰ってきたばかりで
    マスコミの事情にも疎い。
    しかも、子供を北朝鮮に残していて自由に話せない。
    その特殊な状況をおもんばかって、
    家族がマスコミ各社に本人たちへの
    個別取材をしないように要請してきた。
    雑誌協会や地元の記者クラブも合意している。
    この合意には週刊朝日の発行所である
    朝日新聞社も参加しています。
    報道の自由はわかりますが、
    合意を破ってまで『雑談』を報じる理由が
    どこにあるのでしょうか」
    この記事は合意を破るものであります。
    私たちとしては今後も記者クラブとの合意を
    尊重していきたく願っており、
    そのためには合意を破った朝日新聞社に対して記者会見への
    出席をやめていただくことなどを検討しています。」

  • ■毎日新聞 見出し・記事

    2003年05月15日

    「曽我ひとみさん:朝日新聞に抗議 家族からの手紙住所掲載で」

    拉致被害者で新潟県佐渡島の曽我ひとみさん(43)は14日、
    北朝鮮にいる家族からの手紙の差出人住所などを朝日新聞が報じたことに対し、
    朝日新聞社長あてに謝罪を求める抗議文を提出した。

    曽我さんは抗議文で「朝日新聞記者は真野町の支援室でファイルを盗み見て、
    住所などを掲載しました。朝日新聞社は一体何の権限があって、
    私の家族の住所を無断で公開できるのですか」と怒りを表明。
    さらに「今後その住所に私からの手紙が届かなくなったり、
    それ以外の不利益が生じたりした場合、
    朝日新聞社はどのような責任をとるのでしょうか」
    「心の底から強い抗議を表明し、責任ある回答と謝罪を求めます」とし、
    共同会見への朝日新聞記者の参加を
    拒否することを表明した。

  • ■朝日新聞「珊瑚損傷」捏造記事

    朝日新聞社の本田嘉郎が自作自演で
    沖縄県西表島において、
    珊瑚に傷をつけ、その写真をもとに
    記事を捏造した事件である。
    自作自演の落書きの「K・Y」から、
    KY事件と呼ぶ。

    朝日新聞【見出し・記事】 
    1989年4月20日

    「サンゴ汚したK・Yってだれだ」

    これは一体なんのつもりだろう。
    「K・Y」のイニシャルを見つけたとき、
    言葉を失った。
    日本人は、落書きにかけては
    今や世界に冠たる民族かもしれない。
    だけどこれは、将来の人たちが見たら、
    80年代日本人の記念碑になるに違いない。
    百年単位で育ってきたものを、
    瞬時に傷つけて恥じない、
    精神の貧しさ、すさんだ心。

  • ■週刊文春 見出し

      ●2003年5月1日・8日号

    “北朝鮮で女をおねだりした「拉致議連」代議士”

    ■週刊現代 見出し

      ●2008年3月15日号

    元東ドイツ秘密警察幹部が爆弾発言
    「石破茂防衛相は、
    北朝鮮で美女をあてがわれた!」
    盗撮されたビデオと写真も!

  • ■朝日新聞 見出し

     ●1945年(昭和20年)1月2日

     「決戦政治を確立せよ
      強力な戦争指導
      徹底せる一体化要望」

  • ■朝日新聞 見出し

     ●1945年(昭和20年)6月10日

     「刺違える気魄が必要」

  • ■朝日新聞 見出し

     ●1945年(昭和20年)6月10日

     「学徒よ、
      思ふ存分の奮闘を」

  • ■朝日新聞 見出し

     ●1945年(昭和20年)5月22日

     「皇国の安危は正に
      学徒の双肩に在り
      聖慮の感富
      大任完遂せよ」

  • ■朝日新聞 見出し

     ●1945年(昭和20年)4月25日

     「もう一押し、一粘り
      決戦にいま送れ、特攻機」

  • ■朝日新聞 (中鮮版) 見出し 記事
     1940年(昭和15年)3月6日

     「氏の創設は自由、
     強制と誤解するな、
     総督から注意促す」

    日を経るに従って氏の創設の問題は
    都市と農村を問はず大きく、
    そして重大な問題として朝鮮同胞の間に
    真剣に取り上げられ、
    各都市でも朝鮮人議員の
    申し合わせとして氏創設が
    満場一致可決されたとしているが、
    中には主旨誤解して見の相違を
    来すやうなこともあるので
    南総督は5日の総督会議で
    再三説き来ったところについて
    さらに言及し関係方面に注意した。
    氏創設についてややもすれば
    誤解している向きもあるや
    一般に誤解なきやう
    主旨の徹底をはかって欲しい。

  • ■「週刊朝日」の差別記事

    (ウイキペデイア)

    週刊朝日が橋下徹大阪市長(当時)に
    関する連載記事の第1回において、
    橋下の父が大阪府八尾市の
    被差別部落出身である
    という情報を掲載し、
    DNAや先祖を理由として
    人格否定した記述を
    掲載した問題。

  • ■週刊文春 見出し

      ●2003年5月1日・8日号

    “北朝鮮で女をおねだりした「拉致議連」代議士”

    ■週刊現代 見出し

      ●2008年3月15日号

    元東ドイツ秘密警察幹部が爆弾発言
    「石破茂防衛相は、
    北朝鮮で美女をあてがわれた!」
    盗撮されたビデオと写真も!

  • ■毎日新聞 見出し・記事

    2003年05月15日

    「曽我ひとみさん:朝日新聞に抗議 家族からの手紙住所掲載で」

    拉致被害者で新潟県佐渡島の曽我ひとみさん(43)は14日、
    北朝鮮にいる家族からの手紙の差出人住所などを朝日新聞が報じたことに対し、朝日新聞社長あてに謝罪を求める抗議文を提出した。

    曽我さんは抗議文で「朝日新聞記者は真野町の支援室でファイルを盗み見て、住所などを掲載しました。朝日新聞社は一体何の権限があって、私の家族の住所を無断で公開できるのですか」と怒りを表明。
    さらに「今後その住所に私からの手紙が届かなくなったり、それ以外の不利益が生じたりした場合、朝日新聞社はどのような責任をとるのでしょうか」「心の底から強い抗議を表明し、責任ある回答と謝罪を求めます」とし、共同会見への朝日新聞記者の参加を
    拒否することを表明した。

  • ■週刊文春 見出し・記事  2003年1月20日

    『週刊朝日』 地村夫妻騙し討ち「独占雑談」

    地村保志さんの父、保さんが怒りを露にした。
    「彼らは犯罪の被害者であり、24年ぶりに日本に帰ってきたばかりで
    マスコミの事情にも疎い。しかも、子供を北朝鮮に残していて自由に話せない。
    その特殊な状況をおもんばかって、家族がマスコミ各社に本人たちへの
    個別取材をしないように要請してきた。
    雑誌協会や地元の記者クラブも合意している。
    この合意には週刊朝日の発行所である朝日新聞社も参加しています。
    報道の自由はわかりますが、合意を破ってまで
    『雑談』を報じる理由がどこにあるのでしょうか」
    この記事は合意を破るものであります。
    私たちとしては今後も記者クラブとの合意を
    尊重していきたく願っており、
    そのためには合意を破った朝日新聞社に対して記者会見への
    出席をやめていただくことなどを検討しています。」

  • ■朝日新聞 見出し

     ●1945年(昭和20年)2月25日

     「”死”へ励む 猛訓練
      今ぞ念願叶ふ 一人百殺」

  • ■朝日新聞 見出し

     ●1945年(昭和20年)4月25日

     「もう一押し、一粘り
      決戦にいま送れ、特攻機」

  • ■朝日新聞 見出し

     ●1945年(昭和20年)4月26日

     「体当り精神掴んで
      学徒も 遊撃戦へ
      女子には 防毒救護法」

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