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投稿コメント一覧 (158コメント)


  • 【ニッポンの新常識】【ケントギルバート】


    韓国人の考え方は、謝罪をする=罪を認めた“罪人” 


    謝罪を受けた側は、罪人をいたぶる特権を得る



    拓殖大学国際学部の呉善花(オ・ソンファ)教授は韓国・済州島出身で、1983年に留学生として来日した。当初は反日的な気持ちが 強かったが、さまざまな真実を知り、日本への共感の方が強くなる。

    韓国で受けた反日教育が 嘘ばかりだと知ったときはショックだったそうだ。葛藤を乗り越えて、88年に日本へ帰化した。

    打ち合わせの段階から、呉さんの話には何度も驚かされた。隣国である日本と韓国の価値観 や常識が、あまりにも違うことを思い知ったからだ。


    日本は韓国に60回近く謝罪しているが、先日、元慰安婦は「一度も謝罪していない」と
    発言した。日本人にとっての「謝罪」とは、相手の怒りを鎮めて、こじれた感情をリセットする行為である。嫌な過去はお互いに忘れて、水に流すことで一件落着となる。

    一方、韓国人の謝罪は感情の問題ではない。謝罪をすれば罪を認めた「罪人」になり、
    謝罪を受けた側は、罪人をいたぶる特権を得る。謝罪は理不尽な関係のスタートなのだ。

    しかも韓国人は、過去を水に流さない。朴槿恵(パク・クネ)大統領は「加害者と被害者の
    立場は1000年経っても変わらない」とスピーチしたが、あれこそ典型的な韓国人の思考と いう。

    韓国に何度謝罪しても、日本側が期待する「こじれた国民感情のリセット」はあり得ない。
    それどころか、彼らは謝罪を受けるたびに「これで日本を隷属状態にできた」と考えてきた のだ。

    国家間で、そんな謝罪ができるはずがないが、韓国は指導者までも韓国的な謝罪 を求めている。

    ちなみに欧米人も「謝罪と賠償はセット」と考えるが、1つのトラブルに対して、一度の謝罪と賠償で終わりである。

    国際法上、65年の日韓基本条約で併合時代の問題はすべて解決済みだが、韓国は
    同じ話を何度でも蒸し返す。韓国に絡まれ続ける日本は本当に気の毒だ。日本人の
    性善説的な常識を外交に持ち込んだ、政治家と外交官の責任は重い。

    韓国外交に関わる公務員は全員、呉さんの著作を熟読した方がいい。


    ■ケント・ギルバート 米カリフォルニア州弁護士、タレント。1952年、米アイダホ州生まれ。


  • 竹島は、歴史的にも、国際法上も日本固有の領土です。



    国と国との間で、領土問題が発生した場合、
    国際司法裁判所で決着がつけられますが、韓国は裁判から逃げています。



    経緯線を投影した刊行日本図として最も代表的な長久保赤水、
    1779年版の「改正日本輿地路程全図」など多くの資料に、
    鬱陵島と竹島を朝鮮半島と隠岐諸島との間に的確に記載している地図が多数存在します。

    過去の韓国の文書からも韓国の領土は鬱陵島までと書いてあります。



    韓国政府に宛てた1954年2月10日付けの日本政府見解の中で政府は、
    玄采『大韓地誌』(1901年)が韓国の領土の東限を東経130度35分とし、
    太白狂奴『韓国通史』(1915年)が、
    同じく東経130度50分としていると指摘しています。

    竹島は、東経131度52分ですから、竹島が入っていません。

    玄采は学部(当時の韓国の文部省)の職員、
    太白狂奴は日本からの独立を目指して上海に亡命した人物であったので、
    竹島を韓国領だと認識していたなら、
    入れないはずはなかっただろうという事です。

    その他、張志淵『大韓新地志』(1907年)が、
    東限を東経130度58分としていますし、
    崔南善『朝鮮常識問答』(1948年)が130度56分としています。


  • 受け入れっぱなし!!






              返すことができない!!






        それをみな国費で、国民の血税で養ってやらなければならない!!






    ▼1955年 衆議院会議録情報 第022回国会 法務委員会 第23号より
    (昭和三十年六月十八日(土曜日)午前十時五十九分開議)

    第022回国会 法務委員会 第23号

     ○神近委員
    今六十万の朝鮮の方々がいる。
    そしてその方々が日本の失業状態のあおりを食って、なかなか仕事が得られない。

    仕事が得られないために犯罪をたくさん犯す。
    これは私憎みたくないけれども、いろいろの新聞その他に出ております犯罪にとても朝鮮の人が多い。

     ○小泉政府委員 
    六十万と推計をせられる朝鮮人のうち、
    日本から母国に帰りたいという者は一人もいないといっても大した言い過ぎではない。

    一方向からは、入れれば、それこそ手段方法を選ばず、
    命がけでも密航をして、方法さえつけば怒濤のごとくどんどん入ってくる。
    そしてこちらから強制送還をしようといたしましても、韓国の政府がこれを容易に受け付けない

    というところに、人道問題だけでは解決しない大きな国と国との外交問題と申しますか、
    もう入国管理局だけでは手に負えない大きな外交問題となってここに横たわっておるのは、私が申し上げるまでもなく、御理解をいただいておると思うのであります。

    ですから、要するに、こちらは国際的ないわゆる紳士としての態度をもって韓国に接しましても、韓国の方は、紳士的でないとは申しませんが、御承知の通り李承晩ライン、その他漁船の拿捕の問題、こちらから、密航した者を密航したという確証をあげて 韓国に申し入れましても、その送還を容易に受け付けない、


    これを大まかに考えますと、一体日本のためにやらなければならないのか、
    日本国民の血税の犠牲において、韓国人をまず第一義として大事にしてあげなければならないかというようなところまで、考え方によっては行く問題であると私は思うのであります。


    強制連行されたという在日朝鮮人のふしぎ!
    ・ 戦後60年、本国から返還請求がないのはなぜか。
    ・ 戦後60年、本国が在日問題をとりあげない理由はなぜか。



    下は、摘発された密入国者(長崎県大村収容所) ↓



  • 知ってました??






          歴史的社会慣習としての虐殺を!!






    国民防衛軍事件は、朝鮮戦争中の1951年1月に、韓国の国民防衛軍司令部の幹部らが、国民防衛軍に供給された軍事物資や兵糧米などを横領した事件。横領により9万名余りの韓国軍兵士が餓死したとされる。


    国民防衛軍は、「国民防衛軍設置法」(1950年12月16日公布)に基づき、第2国民兵役該当者である満17歳以上40歳未満の将兵によって組職された韓国の軍事組織である。韓国政府は、中国義勇軍の朝鮮戦争介入で悪化する戦況を打開するために、約50万人の将兵達を51個の教育連隊に分散・収容して、国民防衛軍を編成した。

    しかし、早急に編成された軍隊であるため、将兵の動員・輸送・訓練・武装などのための予算不足、及びに指揮統制の未熟など問題点が現われ始めた。

    そのようななかでの1951年初頭、北朝鮮・中国両軍の攻勢を受けた韓国軍は、前線の後退(1・4後退)作戦を敢行し、国民防衛軍は50万人余りの将兵を後方の大邱や釜山へと集団移送することになった。

    しかし、防衛軍司令部の幹部達は、国民防衛軍のために編成された軍事物資や兵糧の米などを、不正に処分・着服した。その結果、極寒のなかを徒歩で後退する将兵に対する物資供給(食糧・野営装備・軍服)の不足が生じ、9万名余りの餓死者・凍死者と無数の病人を出す「死の行進」となった。

    この事件は国会で暴露され、真相調査団が設置された。調査の結果、人員数の水増し報告により国庫金23億ウォン、糧穀5万2000石が着服・横領され、食料品費の計上額と実際の執行額・調達額の差が約20億ウォンに上ることが明らかとなった。

    また、着服金の一部が李承晩の政治資金として使われたことも明かされ、副大統領の李始栄と、事件の黒幕と見られた国防部長官の申性模が辞任した。

    翌1951年4月30日、国会は防衛軍の解散を決議し、5月12日に防衛軍は解体された。同年7月19日に軍法会議が開かれ、国民防衛軍司令官金潤根(キム・ユングン、김윤근)、副司令官尹益憲(ユン・イクホン、윤익헌)など5人に死刑が言い渡され、8月12日に大邸郊外の端山で死刑が執行された。

    この事件によって、韓国陸軍本部では李承晩への反感が高まった。

    銃殺刑に処される国民防衛軍幹部(1951年8月12日) ↓


  • 経歴詐称??



       

         嘘の上塗り??





            嘘も百回つけば真実になるのだああーーー!!!





    アメリカやASEANが指摘しているように、韓国は、北朝鮮と同じ「言論統制(control of speech)」をして国民を洗脳している国家ですから、韓国人は自分の常識を疑いません。他の西側諸国は民間の歴史教科書が何百もあり、それぞれの学校で採用していますが、韓国には歴史教科書が、国定のものが一つしかありません。


    韓国が言論弾圧をしなければならない理由。

    実は一番、韓国が日本の歴史教科書に対し、執拗に、竹島よりも、改悪を求める箇所は、何だと思われますか???


    ”もともと朝鮮は独立国だった” ”それを日帝が植民地にした”=朝鮮併合 と韓国+北朝鮮は主張し、教科書にも記述しています。ここに韓国側の根本的な歴史の捏造が在ると思います。

    韓国人はソウル西郊に在る”独立門”は日帝からの独立を記念して 建てられたものだと思っている様ですが、史実は、清国から独立し、大韓帝国になった事を祝して建てられた物であり、この独立を実現させたのは当時の日本です。

    現在の韓国は 国の成立ちの定義の根本から、実は捏造してしまいました。 自国が李朝成立時以前から中国の属国であった事実を認めたくないために、 上述した”もともと朝鮮は独立国”を主張し続けています。

    ここに日韓の歴史問題のずべての原因が有るのではないか? 言ってみれば、韓国は自国の”経歴詐称”をしてしまったのです。 一度嘘をついたために、次から次えと嘘の上塗りをしている。

    日韓の様々な歴史問題に対し、この一点を韓国に突きつけることによって、 韓国側の主張は全て崩壊すると思います。このような確固とした歴史的事実に対する韓国・北朝鮮政府のご都合主義の捏造についてはいくらなんでも反日左翼の日本人連中でも フォローしきれないと思いますが。どうでしょう。

    朝鮮が中国の属国であったことを認めず、韓国が併合される前の李氏朝鮮事大をまるで「東洋の理想国家」と美化し、その平和な朝鮮を「日本が侵略」し、近代化の道を閉ざした」と捏造している限り、歴史認識で分かり合えることは永遠にないと思います。

    これが、独立門!
    2本の柱跡は、迎恩門のもの ↓



  • 抹殺された歴史!!




           血書提出のおびただしい志願兵を、ご存知ですか??




                大東亜戦争を勇敢に戦った人たちがいた!!




     大東亜戦争当時、朝鮮人は日本国民として大東亜戦争を支持し戦いました。

     昭和13年(1938年)に軍隊が志願兵を募集したところ、定員400人のところ2,946人が応募しました。そしてその後の募集も驚異的な倍率になります。

    1939年  12,348名志願   613名合格
    1940年  84,403名志願 3,060名合格
    1941年 144,743名志願 3,208名合格
    1942年 254,273名志願 4,077名合格
    1943年 303,394名志願 6,300名合格

     
     金尚弼(きん しょうひつ)大尉 昭和20年(1945年)4月3日、沖縄沖で敵艦に体当たり(神風特攻隊)して戦死。生前、父と兄に寄せた言葉。

    「僕は日本人になりきって日本のために死のうとしているのではありません。そこをよく解って欲しいのです。お父さんとお兄さん、この二人の意志を継ぐために、日本を勝利に導いて、その暁には我々の武勲を認めさせて独立にもってゆくことなのです。大東亜共栄圏として、ビルマ、インドネシア、朝鮮、みな独立の道があるはずです」


     昭和20年の硫黄島の戦いでも朝鮮人軍属はまともな武器もないのに勇敢に戦ったことが記録されています。爆雷を抱いて敵戦車に突入した人も一人や二人ではなかったといいます。

    「元山地区陸戦隊の大多数は半島人にて編成しありたるところ、勇猛果敢昼夜なき白兵を持って敵を撃退。指揮官の下、同地を死守する統制ある戦闘を実施しつつあり、陸海軍賞賛のマト・・・」(大本営宛て電文)

     現在、韓国では日本に協力したものは「民族の反逆者」と言われます。果たしてそうか?韓国人も先人は崇高な使命感を持って大東亜戦争を戦ったのではないでしょうか。あるものは大東亜共栄圏の理想に燃え、あるものは皇国民としての使命感を持ち、あるものは朝鮮独立のために・・・。


     大東亜戦争を戦った朝鮮人。彼らの成し得たことは誇るべきものだったのです。

    下は、昭和14年のソウル市内朝鮮銀行前での朝鮮人志願兵の実戦さながらの市街地演習である。(昭和14年アサヒグラフより)

  • “日本人は参政権を、あまりに軽視している。”!!






             “日本人こそ日本とは何かを真剣に考えるべきだ”!!






            “日本と運命をともにしたい人が国籍を取り、参政権をもつべきだ”!!





    金 美齢(きん びれい、台湾語発音:Kin Bí-Leng、1934年(昭和9年)2月7日 - )は、台湾出身で日本国籍の評論家。学校法人柴永国際学園JET日本語学校理事長、元台湾総統府国策顧問。夫は周英明。長年台湾独立運動に関わってきた。

    日本統治下台湾の台北の裕福な家庭に生まれる。1953年(昭和28年)に台北市内の台北市立第一女子高級中学を卒業後、結婚



    日本滞在中の1962年(昭和37年)、台湾独立運動を推進していた台湾青年社(後の台湾独立建国連盟)に参加。早大在学中には、台湾独立建国連盟が発行する英語版の機関紙の編集長を務め、他の台湾人留学生らと大学同窓会「台湾稲門会」を結成。

    そのため、金と夫の周は反政府活動家として政府のブラックリスト(黒名単)に掲載され、旅券は剥奪。日本で事実上の亡命生活を余儀なくされた。


    <発言>
    ○永住外国人参政権に関して
    平成12年「永住外国人の地方参政権付与法案」について、当事者の在日韓国、台湾人を交えた民間非営利団体主催の討論会にて、在日韓国人の代表として出席した朴昌憲が「私は戦前から日本国籍を持ち、日系朝鮮族として学徒動員された。だが、終戦後の昭和二十七(一九五二)年、突然、日本国籍を奪われた。

    参政権が欲しいなら日本に帰化し ろというが、もともと国籍をもっていた私たちが、どうして新しく『国籍をください』という必要があるのか。参政権は差別撤廃の象徴だ」として 旧植民地出身者やその子孫である「特別永住者」への地方参政権付与は、「日本の戦後処理」と迫ったのに反論し、「参政権は永住者に得になるが、私はあえて反対だ」と訴えた。

    「韓国人の参政権要求は日本へのルサンチマン(恨み)だ。一世の恨みを二世、三世に刷り込んで、彼らは日本で本当に幸せに暮らせるのか。日本と運命をともにしたい人が国籍を取り、参政権をもつべきだ」とし、「日本人は参政権を、あまりに軽視している。この問題を通じて、日本人こそ日本とは何かを真剣に考えるべきだ」と提案した。


    この人が金 美齢女史  ↓


  • 英紙「デイリー・メール」の1月2日付の報道によると、韓国南西部の小島で、障がい者酷使が多発している。



    韓国の海塩の3分の2は新安郡の島で作られ、島民2200人の半数は製塩業に従事している。ただ、驚くべきはこれらの労働者は酷使されている障がい者であることだ。



    被害者、KimSeong-baekさんはホームレスだった。10年前、ソウル駅で会った見ず知らずの人が、食事と宿泊の問題を解決し、翌日に仕事を見つけてあげると言った。



    数時間後、彼はSinui島にある塩田に連れられた。塩田のオーナー、

    HongJeong-giは700ドルで不法な仲介会社からKimさんを買った。



    Kimさんは辺鄙な小島で酷使された。しかも、こうした手法は公然の秘密である。

    Kimさんとパートナーは報酬を得ていないのに、毎日18時間働かざるを得なかった。

    それに関し、Kimさんは「この世の地獄」と語った。初日から、オーナーはKimさんを殴打し始めた。



    過去10年間、この島で、同じ事件は5回発生している。



    政府は1000超の農場や障がい者機関を調査し、報酬を支給されないか、

    あるいは賃金がたいへん少ない労働者100人を見つけ出した。



    企業オーナーや仲介関係者計50人が起訴されたとは言え、警察当局は

    「地元の警察当局や政府幹部は処罰を受けていない」と指摘した。

    警察当局は同じ島で、同じ労働者63人を発見、うち4分の3は障がい者である。



    Kimさんはいま、ソウルに住み、時々建設現場の仕事をしている。

    彼はHongから未払いの3万5000ドルを受け取った。 毎晩、悪夢で目覚める。

    「塩」という単語を言うと、Kimさんは取り乱し、「塩」を見るとぞっとする。


  • 結構おどろく話です!!


                   「サンポ」、「ベントウ」


                       一体、どこの国の言葉かご存知ですか??


    1910年の日韓併合前の朝鮮は国王を権力の頂点として、王族、両班、中人、常民、賤民の順の階級差別社会であり、賤民は更に奴婢、俳優、医者、巫女、白丁などに分かれていました。

    両班がいわゆる貴族のようなもので、国王の名をかりて暴政をしいていました。常民はいわゆる平民ですが、租税、労役、兵役、貢物の義務を負い、職業選択の自由はありませんでした。

    差別は階級だけでなく地域差別もあり、流刑の地であった東北、西北地方は差別されており、両班はその地方の民との婚姻の禁止はもちろん付き合うことさえ避けていました。ですので現在の南北分断は有史以来抱えている差別が解決されているという見方もあるようです。
     
    朝鮮民族は現在の北朝鮮と韓国に存在するだけでなく、旧満州にも多く存在しており、中共の少数民族となっています。吉林省の東部には朝鮮族の自治州という区域もあり、総人口の40%、80万人近くの朝鮮人が居ます。

    なんとここの朝鮮族がやけに親日だというのです。日本語教育が盛んで日本人が旅行しても不自由なく、極めて旅行しやすいというのです。

    曙機関のレポートによると現地の大学の老教授は「国民党のやり方に比べれば満州国時代の日本の統治ははるかにマシだった」「共産党の政治は国民党よりも腐りきっている」と語ったといいます。

    8月15日は敬老の日で人民公園に集まることを「サンポ」と呼び、持参する料理は「ベントウ」と呼んでいるそうです。日本人だとわかると日本の歌を歌ってくれと言われるそうで、曙機関の人が流行歌を知らなかったため軍歌を歌ったそうです。

    「勝ってくるぞと勇ましくー」(場所は中共ですよ、聞いているのは朝鮮人ですよ!)すると周りにいた老人たちの表情に衝撃が走り、みんないっせいに「誓って国をでたからわー」と大合唱になったそうです。

    彼等は「韓国の奴等め、口を開けば『経済力がある、経済力がある』って自慢するが、日本ほど経済力がある訳でもないじゃないか。それをなんだってあんな偉そうに!!」と自然に日本社会への郷愁が高まっているといいます。結構おどろく話です。

    下は、戦前のソウル女子師範学校  ↓


  • 対馬警備隊では、



    対馬市の民生安定のため毎年の運営に全面的な

    協力を行なっており、曹友会に属する隊員は

    地元商工会に協力して祭りの運営を数週間前から支援、

    警備隊員は朝鮮通信使の扮装をしてパレード、



    警備隊長は当時の対馬藩藩主の衣装で

    アリラン祭りの舞台に登壇し、祭りに合わせて

    対馬に来日する韓国からの観光客に対して

    歓迎の言葉を述べるのが恒例行事となっている。



    ちなみに、

    現在の対馬市の人口に占める特別永住者

    (在日韓国・朝鮮人)市民の割合は、約0.5%である。



    産経新聞の報道によると、

    対馬市在住の特別永住者(元・韓国民団地方幹部。

    現在は帰化済。)が、

    対馬に駐屯する自衛官と対馬市民を交流させる趣旨の

    「自衛隊協力団体」を結成し、自衛隊員を応援していた。



    これに心を許した海上自衛隊員を、

    当該人物が食事や贈答品で饗応することで

    部内の情報を得ようとした「土台人被疑事案」が発生し、

    問題になったことがあるという。



    現在では、事案を起こした当該人物は出入り禁止と

    なったが、出入り禁止になると同時に当該人物は

    「自衛隊協力団体」を解散して日本に帰化し、

    対馬市民として生活している。


  • 対馬警備隊では、



    対馬市の民生安定のため毎年の運営に全面的な

    協力を行なっており、曹友会に属する隊員は

    地元商工会に協力して祭りの運営を数週間前から支援、

    警備隊員は朝鮮通信使の扮装をしてパレード、



    警備隊長は当時の対馬藩藩主の衣装で

    アリラン祭りの舞台に登壇し、祭りに合わせて

    対馬に来日する韓国からの観光客に対して

    歓迎の言葉を述べるのが恒例行事となっている。



    ちなみに、

    現在の対馬市の人口に占める特別永住者

    (在日韓国・朝鮮人)市民の割合は、約0.5%である。



    産経新聞の報道によると、

    対馬市在住の特別永住者(元・韓国民団地方幹部。

    現在は帰化済。)が、

    対馬に駐屯する自衛官と対馬市民を交流させる趣旨の

    「自衛隊協力団体」を結成し、自衛隊員を応援していた。



    これに心を許した海上自衛隊員を、

    当該人物が食事や贈答品で饗応することで

    部内の情報を得ようとした「土台人被疑事案」が発生し、

    問題になったことがあるという。



    現在では、事案を起こした当該人物は出入り禁止と

    なったが、出入り禁止になると同時に当該人物は

    「自衛隊協力団体」を解散して日本に帰化し、

    対馬市民として生活している。


  • 結構おどろく話です!!


                   「サンポ」、「ベントウ」


                       一体、どこの国の言葉かご存知ですか??


    1910年の日韓併合前の朝鮮は国王を権力の頂点として、王族、両班、中人、常民、賤民の順の階級差別社会であり、賤民は更に奴婢、俳優、医者、巫女、白丁などに分かれていました。

    両班がいわゆる貴族のようなもので、国王の名をかりて暴政をしいていました。常民はいわゆる平民ですが、租税、労役、兵役、貢物の義務を負い、職業選択の自由はありませんでした。

    差別は階級だけでなく地域差別もあり、流刑の地であった東北、西北地方は差別されており、両班はその地方の民との婚姻の禁止はもちろん付き合うことさえ避けていました。ですので現在の南北分断は有史以来抱えている差別が解決されているという見方もあるようです。
     
    朝鮮民族は現在の北朝鮮と韓国に存在するだけでなく、旧満州にも多く存在しており、中共の少数民族となっています。吉林省の東部には朝鮮族の自治州という区域もあり、総人口の40%、80万人近くの朝鮮人が居ます。

    なんとここの朝鮮族がやけに親日だというのです。日本語教育が盛んで日本人が旅行しても不自由なく、極めて旅行しやすいというのです。

    曙機関のレポートによると現地の大学の老教授は「国民党のやり方に比べれば満州国時代の日本の統治ははるかにマシだった」「共産党の政治は国民党よりも腐りきっている」と語ったといいます。

    8月15日は敬老の日で人民公園に集まることを「サンポ」と呼び、持参する料理は「ベントウ」と呼んでいるそうです。日本人だとわかると日本の歌を歌ってくれと言われるそうで、曙機関の人が流行歌を知らなかったため軍歌を歌ったそうです。

    「勝ってくるぞと勇ましくー」(場所は中共ですよ、聞いているのは朝鮮人ですよ!)すると周りにいた老人たちの表情に衝撃が走り、みんないっせいに「誓って国をでたからわー」と大合唱になったそうです。

    彼等は「韓国の奴等め、口を開けば『経済力がある、経済力がある』って自慢するが、日本ほど経済力がある訳でもないじゃないか。それをなんだってあんな偉そうに!!」と自然に日本社会への郷愁が高まっているといいます。結構おどろく話です。

    下は、戦前のソウル女子師範学校  ↓


  • 英紙「デイリー・メール」の1月2日付の報道によると、韓国南西部の小島で、障がい者酷使が多発している。



    韓国の海塩の3分の2は新安郡の島で作られ、島民2200人の半数は製塩業に従事している。ただ、驚くべきはこれらの労働者は酷使されている障がい者であることだ。



    被害者、KimSeong-baekさんはホームレスだった。10年前、ソウル駅で会った見ず知らずの人が、食事と宿泊の問題を解決し、翌日に仕事を見つけてあげると言った。



    数時間後、彼はSinui島にある塩田に連れられた。塩田のオーナー、

    HongJeong-giは700ドルで不法な仲介会社からKimさんを買った。



    Kimさんは辺鄙な小島で酷使された。しかも、こうした手法は公然の秘密である。

    Kimさんとパートナーは報酬を得ていないのに、毎日18時間働かざるを得なかった。

    それに関し、Kimさんは「この世の地獄」と語った。初日から、オーナーはKimさんを殴打し始めた。



    過去10年間、この島で、同じ事件は5回発生している。



    政府は1000超の農場や障がい者機関を調査し、報酬を支給されないか、

    あるいは賃金がたいへん少ない労働者100人を見つけ出した。



    企業オーナーや仲介関係者計50人が起訴されたとは言え、警察当局は

    「地元の警察当局や政府幹部は処罰を受けていない」と指摘した。

    警察当局は同じ島で、同じ労働者63人を発見、うち4分の3は障がい者である。



    Kimさんはいま、ソウルに住み、時々建設現場の仕事をしている。

    彼はHongから未払いの3万5000ドルを受け取った。 毎晩、悪夢で目覚める。

    「塩」という単語を言うと、Kimさんは取り乱し、「塩」を見るとぞっとする。


  • “日本人は参政権を、あまりに軽視している。”!!






               “日本人こそ日本とは何かを真剣に考えるべきだ”!!






            “日本と運命をともにしたい人が国籍を取り、参政権をもつべきだ”!!







    金 美齢(きん びれい、台湾語発音:Kin Bí-Leng、1934年(昭和9年)2月7日 - )は、台湾出身で日本国籍の評論家。学校法人柴永国際学園JET日本語学校理事長、元台湾総統府国策顧問。夫は周英明。長年台湾独立運動に関わってきた。

    日本統治下台湾の台北の裕福な家庭に生まれる。1953年(昭和28年)に台北市内の台北市立第一女子高級中学を卒業後、結婚



    日本滞在中の1962年(昭和37年)、台湾独立運動を推進していた台湾青年社(後の台湾独立建国連盟)に参加。早大在学中には、台湾独立建国連盟が発行する英語版の機関紙の編集長を務め、他の台湾人留学生らと大学同窓会「台湾稲門会」を結成。そのため、金と夫の周は反政府活動家として政府のブラックリスト(黒名単)に掲載され、旅券は剥奪。日本で事実上の亡命生活を余儀なくされた。


    <発言>
    ○永住外国人参政権に関して
    平成12年「永住外国人の地方参政権付与法案」について、当事者の在日韓国、台湾人を交えた民間非営利団体主催の討論会にて、在日韓国人の代表として出席した朴昌憲が「私は戦前から日本国籍を持ち、日系朝鮮族として学徒動員された。だが、終戦後の昭和二十七(一九五二)年、突然、日本国籍を奪われた。参政権が欲しいなら日本に帰化し ろというが、もともと国籍をもっていた私たちが、どうして新しく『国籍をください』という必要があるのか。参政権は差別撤廃の象徴だ」として 旧植民地出身者やその子孫である「特別永住者」への地方参政権付与は、「日本の戦後処理」と迫ったのに反論し、「参政権は永住者に得になるが、私はあえて反対だ」と訴えた。

    「韓国人の参政権要求は日本へのルサンチマン(恨み)だ。一世の恨みを二世、三世に刷り込んで、彼らは日本で本当に幸せに暮らせるのか。日本と運命をともにしたい人が国籍を取り、参政権をもつべきだ」とし、「日本人は参政権を、あまりに軽視している。この問題を通じて、日本人こそ日本とは何かを真剣に考えるべきだ」と提案した。


    この人が金 美齢女史  ↓


  • 抹殺された歴史!!




           血書提出のおびただしい志願兵を、ご存知ですか??




                大東亜戦争を勇敢に戦った人たちがいた!!




     大東亜戦争当時、朝鮮人は日本国民として大東亜戦争を支持し戦いました。

     昭和13年(1938年)に軍隊が志願兵を募集したところ、定員400人のところ2,946人が応募しました。そしてその後の募集も驚異的な倍率になります。

    1939年  12,348名志願   613名合格
    1940年  84,403名志願 3,060名合格
    1941年 144,743名志願 3,208名合格
    1942年 254,273名志願 4,077名合格
    1943年 303,394名志願 6,300名合格

     
     金尚弼(きん しょうひつ)大尉 昭和20年(1945年)4月3日、沖縄沖で敵艦に体当たり(神風特攻隊)して戦死。生前、父と兄に寄せた言葉。

    「僕は日本人になりきって日本のために死のうとしているのではありません。そこをよく解って欲しいのです。お父さんとお兄さん、この二人の意志を継ぐために、日本を勝利に導いて、その暁には我々の武勲を認めさせて独立にもってゆくことなのです。大東亜共栄圏として、ビルマ、インドネシア、朝鮮、みな独立の道があるはずです」


     昭和20年の硫黄島の戦いでも朝鮮人軍属はまともな武器もないのに勇敢に戦ったことが記録されています。爆雷を抱いて敵戦車に突入した人も一人や二人ではなかったといいます。

    「元山地区陸戦隊の大多数は半島人にて編成しありたるところ、勇猛果敢昼夜なき白兵を持って敵を撃退。指揮官の下、同地を死守する統制ある戦闘を実施しつつあり、陸海軍賞賛のマト・・・」(大本営宛て電文)

     現在、韓国では日本に協力したものは「民族の反逆者」と言われます。果たしてそうか?韓国人も先人は崇高な使命感を持って大東亜戦争を戦ったのではないでしょうか。あるものは大東亜共栄圏の理想に燃え、あるものは皇国民としての使命感を持ち、あるものは朝鮮独立のために・・・。


     大東亜戦争を戦った朝鮮人。彼らの成し得たことは誇るべきものだったのです。

    下は、昭和14年のソウル市内朝鮮銀行前での朝鮮人志願兵の実戦さながらの市街地演習である。(昭和14年アサヒグラフより)


  • 経歴詐称??



       

         嘘の上塗り??





            嘘も百回つけば真実になるのだああーーー!!!





    アメリカやASEANが指摘しているように、韓国は、北朝鮮と同じ「言論統制(control of speech)」をして国民を洗脳している国家ですから、韓国人は自分の常識を疑いません。他の西側諸国は民間の歴史教科書が何百もあり、それぞれの学校で採用していますが、韓国には歴史教科書が、国定のものが一つしかありません。


    韓国が言論弾圧をしなければならない理由。

    実は一番、韓国が日本の歴史教科書に対し、執拗に、竹島よりも、改悪を求める箇所は、何だと思われますか???


    ”もともと朝鮮は独立国だった” ”それを日帝が植民地にした”=朝鮮併合 と韓国+北朝鮮は主張し、教科書にも記述しています。ここに韓国側の根本的な歴史の捏造が在ると思います。

    韓国人はソウル西郊に在る”独立門”は日帝からの独立を記念して 建てられたものだと思っている様ですが、史実は、清国から独立し、大韓帝国になった事を祝して建てられた物であり、この独立を実現させたのは当時の日本です。

    現在の韓国は 国の成立ちの定義の根本から、実は捏造してしまいました。 自国が李朝成立時以前から中国の属国であった事実を認めたくないために、 上述した”もともと朝鮮は独立国”を主張し続けています。

    ここに日韓の歴史問題のずべての原因が有るのではないか? 言ってみれば、韓国は自国の”経歴詐称”をしてしまったのです。 一度嘘をついたために、次から次えと嘘の上塗りをしている。

    日韓の様々な歴史問題に対し、この一点を韓国に突きつけることによって、 韓国側の主張は全て崩壊すると思います。このような確固とした歴史的事実に対する韓国・北朝鮮政府のご都合主義の捏造についてはいくらなんでも反日左翼の日本人連中でも フォローしきれないと思いますが。どうでしょう。

    朝鮮が中国の属国であったことを認めず、韓国が併合される前の李氏朝鮮事大をまるで「東洋の理想国家」と美化し、その平和な朝鮮を「日本が侵略」し、近代化の道を閉ざした」と捏造している限り、歴史認識で分かり合えることは永遠にないと思います。

    これが、独立門!
    2本の柱跡は、迎恩門のもの ↓


  • 知ってました??






          歴史的社会慣習としての虐殺を!!






    国民防衛軍事件は、朝鮮戦争中の1951年1月に、韓国の国民防衛軍司令部の幹部らが、国民防衛軍に供給された軍事物資や兵糧米などを横領した事件。横領により9万名余りの韓国軍兵士が餓死したとされる。


    国民防衛軍は、「国民防衛軍設置法」(1950年12月16日公布)に基づき、第2国民兵役該当者である満17歳以上40歳未満の将兵によって組職された韓国の軍事組織である。韓国政府は、中国義勇軍の朝鮮戦争介入で悪化する戦況を打開するために、約50万人の将兵達を51個の教育連隊に分散・収容して、国民防衛軍を編成した。

    しかし、早急に編成された軍隊であるため、将兵の動員・輸送・訓練・武装などのための予算不足、及びに指揮統制の未熟など問題点が現われ始めた。

    そのようななかでの1951年初頭、北朝鮮・中国両軍の攻勢を受けた韓国軍は、前線の後退(1・4後退)作戦を敢行し、国民防衛軍は50万人余りの将兵を後方の大邱や釜山へと集団移送することになった。

    しかし、防衛軍司令部の幹部達は、国民防衛軍のために編成された軍事物資や兵糧の米などを、不正に処分・着服した。その結果、極寒のなかを徒歩で後退する将兵に対する物資供給(食糧・野営装備・軍服)の不足が生じ、9万名余りの餓死者・凍死者と無数の病人を出す「死の行進」となった。

    この事件は国会で暴露され、真相調査団が設置された。調査の結果、人員数の水増し報告により国庫金23億ウォン、糧穀5万2000石が着服・横領され、食料品費の計上額と実際の執行額・調達額の差が約20億ウォンに上ることが明らかとなった。

    また、着服金の一部が李承晩の政治資金として使われたことも明かされ、副大統領の李始栄と、事件の黒幕と見られた国防部長官の申性模が辞任した。

    翌1951年4月30日、国会は防衛軍の解散を決議し、5月12日に防衛軍は解体された。同年7月19日に軍法会議が開かれ、国民防衛軍司令官金潤根(キム・ユングン、김윤근)、副司令官尹益憲(ユン・イクホン、윤익헌)など5人に死刑が言い渡され、8月12日に大邸郊外の端山で死刑が執行された。

    この事件によって、韓国陸軍本部では李承晩への反感が高まった。

    銃殺刑に処される国民防衛軍幹部(1951年8月12日) ↓


  • 受け入れっぱなし!!






              返すことができない!!






        それをみな国費で、国民の血税で養ってやらなければならない!!






    ▼1955年 衆議院会議録情報 第022回国会 法務委員会 第23号より
    (昭和三十年六月十八日(土曜日)午前十時五十九分開議)

    第022回国会 法務委員会 第23号

     ○神近委員
    今六十万の朝鮮の方々がいる。
    そしてその方々が日本の失業状態のあおりを食って、なかなか仕事が得られない。

    仕事が得られないために犯罪をたくさん犯す。
    これは私憎みたくないけれども、いろいろの新聞その他に出ております犯罪にとても朝鮮の人が多い。

     ○小泉政府委員 
    六十万と推計をせられる朝鮮人のうち、
    日本から母国に帰りたいという者は一人もいないといっても大した言い過ぎではない。

    一方向からは、入れれば、それこそ手段方法を選ばず、
    命がけでも密航をして、方法さえつけば怒濤のごとくどんどん入ってくる。
    そしてこちらから強制送還をしようといたしましても、韓国の政府がこれを容易に受け付けない

    というところに、人道問題だけでは解決しない大きな国と国との外交問題と申しますか、
    もう入国管理局だけでは手に負えない大きな外交問題となってここに横たわっておるのは、私が申し上げるまでもなく、御理解をいただいておると思うのであります。

    ですから、要するに、こちらは国際的ないわゆる紳士としての態度をもって韓国に接しましても、韓国の方は、紳士的でないとは申しませんが、御承知の通り李承晩ライン、その他漁船の拿捕の問題、こちらから、密航した者を密航したという確証をあげて 韓国に申し入れましても、その送還を容易に受け付けない、


    これを大まかに考えますと、一体日本のためにやらなければならないのか、
    日本国民の血税の犠牲において、韓国人をまず第一義として大事にしてあげなければならないかというようなところまで、考え方によっては行く問題であると私は思うのであります。


    強制連行されたという在日朝鮮人のふしぎ!
    ・ 戦後60年、本国から返還請求がないのはなぜか。
    ・ 戦後60年、本国が在日問題をとりあげない理由はなぜか。



    下は、摘発された密入国者(長崎県大村収容所) ↓


  • 竹島は、歴史的にも、国際法上も日本固有の領土です。



    国と国との間で、領土問題が発生した場合、
    国際司法裁判所で決着がつけられますが、韓国は裁判から逃げています。



    経緯線を投影した刊行日本図として最も代表的な長久保赤水、
    1779年版の「改正日本輿地路程全図」など多くの資料に、
    鬱陵島と竹島を朝鮮半島と隠岐諸島との間に的確に記載している地図が多数存在します。

    過去の韓国の文書からも韓国の領土は鬱陵島までと書いてあります。



    韓国政府に宛てた1954年2月10日付けの日本政府見解の中で政府は、
    玄采『大韓地誌』(1901年)が韓国の領土の東限を東経130度35分とし、
    太白狂奴『韓国通史』(1915年)が、
    同じく東経130度50分としていると指摘しています。

    竹島は、東経131度52分ですから、竹島が入っていません。

    玄采は学部(当時の韓国の文部省)の職員、
    太白狂奴は日本からの独立を目指して上海に亡命した人物であったので、
    竹島を韓国領だと認識していたなら、
    入れないはずはなかっただろうという事です。

    その他、張志淵『大韓新地志』(1907年)が、
    東限を東経130度58分としていますし、
    崔南善『朝鮮常識問答』(1948年)が130度56分としています。



  • 【ニッポンの新常識】【ケントギルバート】


    韓国人の考え方は、謝罪をする=罪を認めた“罪人” 


    謝罪を受けた側は、罪人をいたぶる特権を得る



    拓殖大学国際学部の呉善花(オ・ソンファ)教授は韓国・済州島出身で、1983年に留学生として来日した。当初は反日的な気持ちが 強かったが、さまざまな真実を知り、日本への共感の方が強くなる。

    韓国で受けた反日教育が 嘘ばかりだと知ったときはショックだったそうだ。葛藤を乗り越えて、88年に日本へ帰化した。

    打ち合わせの段階から、呉さんの話には何度も驚かされた。隣国である日本と韓国の価値観 や常識が、あまりにも違うことを思い知ったからだ。


    日本は韓国に60回近く謝罪しているが、先日、元慰安婦は「一度も謝罪していない」と
    発言した。日本人にとっての「謝罪」とは、相手の怒りを鎮めて、こじれた感情をリセットする行為である。嫌な過去はお互いに忘れて、水に流すことで一件落着となる。

    一方、韓国人の謝罪は感情の問題ではない。謝罪をすれば罪を認めた「罪人」になり、
    謝罪を受けた側は、罪人をいたぶる特権を得る。謝罪は理不尽な関係のスタートなのだ。

    しかも韓国人は、過去を水に流さない。朴槿恵(パク・クネ)大統領は「加害者と被害者の
    立場は1000年経っても変わらない」とスピーチしたが、あれこそ典型的な韓国人の思考と いう。

    韓国に何度謝罪しても、日本側が期待する「こじれた国民感情のリセット」はあり得ない。
    それどころか、彼らは謝罪を受けるたびに「これで日本を隷属状態にできた」と考えてきた のだ。

    国家間で、そんな謝罪ができるはずがないが、韓国は指導者までも韓国的な謝罪 を求めている。

    ちなみに欧米人も「謝罪と賠償はセット」と考えるが、1つのトラブルに対して、一度の謝罪と賠償で終わりである。

    国際法上、65年の日韓基本条約で併合時代の問題はすべて解決済みだが、韓国は
    同じ話を何度でも蒸し返す。韓国に絡まれ続ける日本は本当に気の毒だ。日本人の
    性善説的な常識を外交に持ち込んだ、政治家と外交官の責任は重い。

    韓国外交に関わる公務員は全員、呉さんの著作を熟読した方がいい。


    ■ケント・ギルバート 米カリフォルニア州弁護士、タレント。1952年、米アイダホ州生まれ。

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