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投稿コメント一覧 (321コメント)

  • さらに、、それで思い出したのだが…。
    マドンナは「ライク・ア・バージン」のころ
    ある雑誌のインタビューにこたえて
    「私は第二(二番目)のオンナよ」と言ったことがある。
    当時の彼女の化粧やホクロの位置やPVで誰に影響を受けていたのかは明白であった。
    マイケル・ジャクソンやマドンナ…。溢れる才能を持って
    誰にもできないような努力を重ね、誰も思いつかないアイディアでトップになっていった。
    70年後半から80年…。世界を席巻したアーティストは数えきれないほどだ。
    そして悪い影響も…。
    次から次にあらわれる「アーティスト」あれもこれも「アーティスト」
    どいつもこいつも「アーティスト」になってしまった。
    今の「レジェンド」と一緒だ。どいつもこいつも、み~んな「レジェンド」だっ
    サザンの桑田と達郎の二人だけが自分たちは「アーティスト」では「ないっ!」と
    ハッキリ否定した。

  • それで思い出したのだが…。
    NHKで尾崎亜美の特集を見たとき(注:あいまいな記憶です)
    彼女が今までで一番つらいと思ったのは
    「第二のユーミン」と言われたコトだと言っていた。
    で…。たまらず
    「ね。ユーミン…。ワタシ…第二のユーミンなんだって…」
    と相談したんだそうだ(二人が友達っていうのに少し驚いた)
    ユーミンは、
    「他人は無責任に、なんとでも言うものヨ」と慰めてくれたそうだ。

    「三大…」「和製…」「日本の…」に加えて「第二の…」もヤメた方がよい。

  • もう、かれこれ十数年。山下達郎の曲と言えば
    「サンデーソングブック」でしか聞かなくなっていた。
    むかし、それこそ四六時中聞いていた時期があって、さすがにアキていたのだ。
    ある日、「スパークル」のイントロが無性に聞きたくなって
    聞いてしまったところ、、、見事にハマってしまった。
    もう。年末年始は達郎だけで過ごしてしまったと言っても過言ではない。
    やっぱ…いぃ~ワ。。。。。
    そう言えば、井上鑑もかっこよかったよな~。なんて思い出してしまった。
    こうなると80年代の、その方面の方々の名前が次々に思い出されてきた。
    …とことん聞くしかないな…。。。。

  • 清志郎で思い出したのだが…。
    日本人は「日本の…」とか「三大…」が好きである。
    「三大ギタリスト」とか「三大キング」とか「和製プレスリー」とか「和製マドンナ」とか
    「日本のアバ」とか…とにかく、なぜか、そう言いだす人たちがいる。

    幼いころ、私は、それがホントに世界での共通認識であると簡単に信じ込んでしまって
    ハジをかいたことがあった。そんなこと言っているのは日本人だけだと知ったのは学生になってからである。

    昔のことで、放送局を忘れてしまったのだが、
    当時、無敵のアバと「日本のアバ」ことサーカスが共演したことがあった。
    その、あまりにも違い過ぎる「実力」と「楽曲」の差に恥ずかしさのあまり具合が悪くなった。
    「日本のアバ」だなんて、いったい誰が、どのツラさげて言い出したのだろう。
    サーカスが小学生くらいにしか見えなかったのは私だけだろうか。

    今でも、「日本の…」とか「三大…」などと恥ずかしげもなく言っている人がいるが
    もう、ヤメた方がよいとワタシは思うのである。

  • R&Rの走りと言えば、チャックベリーやビルヘイリーだと思うのだが、、、、。
    大滝詠一さんは「気持ちは理解できるが、それはR&Bなのだ」と言っていた。
    元祖であり、家元R&Rはエルビスなんだそうだ。
    なぜ、そう言い切れるかと言えば、ハッキリ、エルビス以前。エルビス以後がある。。。
    …で、その説明を、かなり詳しくラジオ番組で話していた。
    私は退屈したので聞いていなかったが、今さら、そのことを後悔している。
    ほんと。ちゃんと聞いときゃよかった。。。。

    そう言えば、忌野清志郎が死んだとき
    日本の全放送局のニュースや音楽番組で
    彼のことを「キング・オブ・ロックロール」と言っていたがそれは明らかに間違いで、
    「キング・オブ・ロックンロール」は、エルビス・プレスリーである。

    そうであろうと、なかろうと、別に日本と日本人の行く末にとって、どうでもいいコトじゃないですか?
    な~んて言われたら…返す言葉なんて「ない」のだが。。。。。

  • 毎度、毎度、聞こえてくる鬱陶しいコトバ…。「これで、いいのか?」
    「あ~。ノーミスで出来た♪」←コレデイイノカ?
    「ここは、やっぱ『こっち』より『こー』が好いよな、『こー』しよ」←コレデイイノカ?
    「これで、いいのか?」は、しつこく、いつまでも、どこまでも、ネバリ強く追ってくる。
    それが楽しくて、楽しくて仕方がない性格に生まれてくりゃよかったのに…。

    人間って、終始ウマくいくと、興味を失ってしまうらしい。
    時々、ウマくいって喜べるのが、長続きの秘訣らしい。
    ギャンブルが、その典型なんだそうだ。

    ホントに、やっかいだ。。。。。

  • 時々、無神経にも傲慢に「趣味」とか「特技」的に音楽を楽しんでいるアカの他人に対して
    「ヘタくそっ!ヘタくそは楽器なんか持つなっ!」みたいな罵詈雑言を浴びせるヤツがいる。
    こういう生き物は「ヤツ」で充分なのである。
    じゃ~。
    そこいら辺のコンクールにさえ出たこともなく。
    プロとして演奏することで生計を立てているわけでもなく。
    福祉施設とか病院とか地域の祭りとかから、お呼びがあるわけでもなく。
    友人知人から「一曲聞かせてくれよ」と言われることもなく。
    「趣味」とか…。ホントにヒトリ趣味で楽器やってる
    アナタは、お上手なんですか?と逆に聞きたくなるのである。

  • バンドやセッションを楽しむようになると
    「演奏」や「感じ方」は見事に合うのに…。
    つまりは…。
    「音楽」以外は、まったく合わずに憎しみさえ抱いてしまうような人と時々出くわす。
    音楽だけだったら、コイツ最高なんだけどな~。と思いながら
    練習が終わったら、サッサと片付けてハナシもせずに別れる。。。。ジツに残念である。
    結局、音楽以外の憎たらしさが勝ってツラも合わせなくなる。
    しかし、こんなケースは、まだハッキリしているので楽だ。

    悩んでしまうのが、
    気に入らないんだけどまぁ、まぁ、許せないこともない、ok、ok、大丈夫、大丈夫。。。。
    なんて、少しだけ「我慢」とか「見ない振り」すれば、つき合えないこともない。。。
    そんな微妙なケースである。
    「コイツとは、もうダメ。無理。ヤメたっ!」と決断できるまで結構時間がかかる。
    その時まで、微妙な気持ちで練習したり一緒にメシ食ったり話したりするのである。
    特に、楽しく本番を終えられたりなんかすると
    「もう少し、コイツとやろうかな?」なんて思ってしまうから始末が悪い。

    まぁ~。これは、私自身だけに限ったことではなく。
    私がメンバーから、そう思われているケースもあるから
    お互い様と言えばお互い様だ。
    初めて、そうなったときはショックが大きいのだが、そのうち
    「そんなら、しょーがない。もっと早く言ってくれりゃお互い悩まなくて済んだのに…じゃーな」
    なんて、わりとアッサリ終了できるようになる。。。。ショックはショックだけどさ…。

    さて、、、今回は、どーしよ。。。。
    ったく…。タメイキがでるぜ。

  • 独学でウマくなった人の殆どは、憧れのミュージシャンがいて
    「彼みたいな演奏がしたいな」とか「こんな風になりたい」と思い。
    ついには「完コピ」に至り、ライヴの演奏までコピーし始め、
    「ココはホントは、こう演奏したかったんだけど…。こうなっちゃんたんだよね」
    などと確信をもって言い出す。
    私も「スコア」ではなく「耳コピ」で育ったので、大いに理解してしまう。

    強者になると
    「これは、19〇〇年〇月○日のドコソコのライヴのソロだ」などと言いながら
    同じ曲のソロをライヴ日別に演奏してくれたりする。

    楽器によっては、例えば「ラ」でもアッチにもコッチにも同じ高さの「ラ」が存在する。
    「完コピ」できるようになると「何弦」の「どの辺」を押さえて、この音を出しているのか?
    ということもわかってくる。
    さらに、なぜ、その弦の、その辺なのか?ということも説明できる。当然、的中しているのである。
    まぁ~そんなことを経て、オリジナルになっていくのだが、、、、、。

    そんな人が、幼いころからキチンとした師匠について、スコアで育った人とジョイントすると
    不思議なくらい「合わない」
    最後は、お互い「オトナの対応」して「合わす」けど…。
    もう、かんべんしてくれ。二度目はないぜ…。で落ち着くのだ。

  • ジャズって初見のスコアでも勝手気ままにアレンジして弾くのがスゴイよね。
    と言う人がいた。
    うん。うん。確かにそーなんだけど…。

    スコアのとおりに…。作者の意図を十分理解して…。正しい解釈で…。
    それで演奏してしまうのも神業だと私は思うのだ。

    自己満足から脱皮して、聞き手が喜んでくれるような演奏。。。。。ヤレヤレ。。。。

  • 変なハナシだが…。
    昨日。「テンポ〇〇」とか「〇分の〇拍子」とか「フェイク」とか「付点」とか、、、その他etc…。
    スコアが…。スコアの情報が…。スコアの中にあるイロんなものが…。
    ずいぶんと腑に落ちるのである。一昨日より、隅々というか細かいトコロまで
    「あー。はい、はい」ってな感じでホントに納得して演奏できるのである。
    音符や記号が具体的に手に掴めるような感じ。
    「うん、うん。そう奏でるのが正解だよね」な~んて
    裏付けは、さておき、確信が先に来るのである。
    なんだか少し幸せな気分を味わった。
    変。うん。確かに「変」だ。

  • それで、なぜか思い出したのが、テクラ・バダジュフスカである。
    この人こそ…失礼ながら…極めて失礼ながら…世界的「一発屋!」
    その名を知っている人は、ほとんどいないっ!ハッキリ言えば皆無っ!
    しかし、その曲がながれてくると、ほとんどの人が聞いたことある。
    発表当時、驚きビックリのミリオンセラーっ!CDではないっ!スコアっ!である。
    だ~れも知らないミリオンセラー作曲家なのである。しかも、現代まで曲が生き残っているっ!
    どころか…。「エリーゼ…」と同じように、ピアノ女子の憧れの一曲なのであるっ!。
    などと、やたら「っ!」が多いのである。
    さらに、出身地がポーランドっ!ぽっ。ポーランドっ!?
    さらに、さらに、同時期活躍していたのが、ショパンやリスト…ドウスル?
    で…、あるTV番組で、これまた失礼ながら、彼女をご存知?というような街頭インタビューを
    ポーランドでしたところ、だ~れも知らない。(銅像まであるのに…。未確認ダガ…。)
    評論家たちの評価はイマイチ…。どころかケチョンケチョン(古い表現でスンマセン…。)。
    だけどミリオン。されど生き残っている。しかも憧れの一曲。
    ワタシモ正直、途中デ厭キテ最初カラ最後マデ、キチンと聞イタコトガナイ。。。。。

    …こんな曲、世界中探しても「他にはありません」と断言してしまうのだ。

  • いやいや、「2楽章が好き」という人を責めているのではなくて、
    ナンテッタッテ、ワタクシ、コウ見エテ、精神的ニハ、カナリおとなデスノデ…。
    あくまでも、「靴の中の小石…」ということで。。。。

    シューベルトの「未完成」と言えば…。
    高校時代に音楽の時間。先生の解説で聞いたことあります。
    本人は自分の人生どう感じていたかなんて知ることはできませんが、齢16の私は
    音楽に魅入られて不幸な道を歩んでしまった人。先生しながら趣味でヤッてりゃよかったのに…。
    とか…。
    ゴッホと一緒で、死んでから認められて、ありがたがられてもねぇ~。
    なんて、生意気にも否定的でした。

    思ったのですが…。シューベルトの第3・4楽章は、きっと、たぶん。
    第1・2楽章で「言いたいこと」や「精」「根」「アイディア」etc…をほとんど使い果たしてしまって
    その残りで作っちゃったんじゃないかな~~なんて…。
    まぁ。好き勝手に想像、妄想しています。

    それと…尊敬する人が…。これが彼の不幸の始まりだったのかも…。冗談です-キッパリ-。

  • スタンダード・ナンバーと言えば。
    世界中の人から愛され、かなりの確率で演奏されている。
    「なかには、地球上のどこかで必ず1日1回は演奏されている」と言われるほどの神曲がある。
    もちろん、オリジナル・ナンバーがシッカリクッキリ名曲で
    聴く者のハートをガッチリ「鷲掴み」…。を超えた「ゴジラ掴み」しているのだが。
    プロの中のプロフェッショナルなミュージシャンから近所に住んでいるシロウトさんまで
    よってたかってアレンジしまくって、星の数ほどのバージョンが存在するのである。
    でも…。時々、そのことを理解しない、理解できない人々がいて、残念な思いをする。

    1、オリシナル・ナンバー以外は邪道であると固く信じている者。
    2、自分の聞いている曲がオリジナル・ナンバーだと固く、硬く、堅く信じて疑わない者。
    このような人に出くわすと、ホントにホントに困るのである。

    出くわしたら、もう、人智では、どうにもならない天災に遭遇したのだと、あきらめて
    ひたすら、本番が終わるのを待つしかない。
    「はい、はい。アナタの言うとおりっ!。アンタが大将っ!」
    てな感じで、とにかく、これが終わったら、もう二度と、このような過ちは繰り返さない。
    と心に固く誓って過ごすのである。

    あ~ぁ。早く終わんネェ~かな~。ヤレヤレ。。。。。。。

  • 時々、「交響曲は1楽章よりも2楽章が好きです」という人がいる。
    まぁ~。人それぞれ好き好きなので「あー」だの「こー」だの言わなくても
    「あら、そー」というようなオトナの対応をしてりゃいーのだけれど。
    だけど…。
    靴の中の小石のように、ちょっと、引っかかるのである。
    たぶん、きっと。1楽章を知っているから言えるコトだろうと思うのである。
    特にベートーヴェンの交響曲は1楽章あっての2楽章だろう。
    1楽章スッ飛ばして2楽章から聞き始めたら、
    何が発端で、このような結論(最終楽章)に落ち着いたのか理解できないでしょ。
    あーそーだ。ベートーヴェンだったら、交響曲に限らないな。全曲と言ってもいいな。

    あー。少し、落ち着いた。

  • 初めてグラズノフという名前を聞いたとき「怪獣の名前みたいだな」と思った。
    それ以来、私の中で「グラズノフ」は「怪獣グラズノフ」である。
    それに…。
    グラズノフの名前や作品を聞くのは、1年のうちに何回あるだろう。
    1度か2度…。。。くらいじゃないだろうか?
    それも、仕事をしながら、とか、誰かと話をしながらなどの「ながら」だ。

    そんな、私の人生では稀な存在であるグラズノフなのだが、
    今朝。「バイオリン協奏曲」を最初から最後までキッチリ聞いた。

    古き良き時代のアメリカ映画の1シーンを思い起こさせるような。
    (少しリフレインが多いと感じた部分もあったが。。。)
    ソウ言エバ…。らふまにのふニモ、ソンナ印象ヲ受ケタコトガアルヨウナ…。意外や意外の好印象。

    「あっ…。CD買わなくちゃ」などと、うっかり思ってしまった。
    初めて名前を聞いたとき。
    「グラズ」を「ノフ」したような、どちらかというと厳めしい印象だったが
    やっぱり聴いてみなくちゃワカランものだ。

  • 渡辺貞夫がバッハの曲を演奏したライヴCDを発表した。
    まぁ~。私は彼に惚れているので、愛聴盤になること間違いなしっ!なのだが…。
    クラシックファンからすれば、突っ込みどころ満載なんだろうな~。なんて思いながら聞いた。
    あっ!真っ当なクラシックファンなら、相手にしないどころか聞かないし。
    そーか、そ~か。。。。だったら、お互い不愉快な思いをしなくて済む。
    やっぱり「棲み分け」は大事だよな。

    で…。聞いてみて…。
    「ひょっとしたら…渡辺さんはJAZZに少し厭きているんじゃないかな」と思った。
    東京JAZZも(…テレビで見たかぎりでは)あんまし乗ってなかったみたいだし…。
    はっきり言って、10年前の方が好い演奏してたと思う。
    でも、まぁ~これは、私が彼の音楽を楽しめなくなっているとも言えるわけで、、、。

    彼の曲を演奏したくて、その思いだけで、
    不愉快な「あんなコト」「こんなコト」に耐えて練習してきたのに…。
    な~んていう気持ちもあるが、それは自分の都合だから…。
    …ヤレヤレ。。。。

  • 「音の組み合わせは、やりつくした。
               もう、新しい展開はない」
    などと言われて久しいが…。ワタシハ、コノ記事ヲ、アル地方ノ新聞デ読ンダ。。
    それでも、私は、これまでがそうだったように。
    ある日、突然。天才が現れて、思いもよらない音の羅列を滝のごとく叩きつけてくれる。
    と信じている。待ってるよ~っ!

  • あなたの演奏は、よく切れるカミソリだ。正確無比。澱みがなく澄み切っている。
    私には「キツイ」のだ。

  • とある、四重奏のコンサートで…。
    うん。たぶん…ではなく。ハッキリ、クッキリ、文句なく。この人たちはウマいんだろう。
    ではなく。ウマいっ!
    その曲を、そこまで演奏できるとは…。かなりのモンなんだろう。
    きっと…ではなく。確かにスゴいんだろう。

    …うん。。。。きっと…スゴすぎて「好さ」が、私には理解できないんだろう。

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