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投稿コメント一覧 (551コメント)

  • 由布島の牛車について、補足します。
    私達の車を引いていたのはデビューしたばかりの4歳のメス牛でした。人間でいえば5〜6年生でしょうか?まだ小さいので重い車は引けません。
    でも大人の仲間入りが出来た事が嬉しくて楽しんでいる様子でした。手綱など引かなくても進め、止まれ、早く、など、馭者の言うとおりに動いてくれます。
    向う岸に着いて降りてよく見ると可愛い顔をしています。そして、リリーちゃん、と名前を呼ぶとこちらへ顔を向けて可愛い声で返事をしてくれます。
    彼らの勤務時間は1日2時間ぐらいだそうで、その後は休ませているようです。ですから、水牛の寿命は普通15歳ぐらいですが、ここでは30歳ぐらいまで生きるようになったと言っていました。

  • 三浦綾子といえば、つい先日、「塩狩峠」を読んだばかりです。読んで私は2つの意味でショックを受けました。
    1つは、列車の乗客を助けるため、とっさの判断で、線路に身を投げ出し自分の体で客車をとめた。そして自分は死んだが乗客は救われたという話が、実際に起こった事件をもとに書かれた物語であると知ったからです。
    こういう事例は欧米にもあるのでしょうか?それとも、切腹や特攻隊にも連なる日本人特有の、潔しなのでしょうか?
    これまで私は本を読んで涙が出た事など無かったのですが、初めてそれを経験しました。


    もう1つは、三浦綾子の筆力です。読み始めた最初の部分は普通の小説と変わらなかったのですが、半分くらい読み進めると止まらなくなり、一気に最後まで読んでしまいました。
    これが小説だとすると、私が、煽てられて、自分にも書けるかも知れないと思って書き始めたものは、一体なんだったのか? まるで、公衆便所の落書きのようなものだと思えてきたのです。

    海山

  • >>No. 27372

    お早うございます。
    バリ島いいですね。
    お母様がスマトラ島生まれなのですか?日本が占領していた頃だったのでしょうか?

    海山

  • 言い忘れました。

    http://sp.findfriends.jp/ 

    の中で「旅を楽しもう」を打ち込んでいただかねばなりません。

  • こんにちは。

    今年いっぱいでこの掲示板は無くなります。

    そこで改めて、掲示板の目的と機能について、少し考えて見ました。
    掲示板の目的とは特定のテーマに沿って、情報発信、意見交換をするものですから、出来るだけ沢山の人に参加してもらう事が望ましいと思います。
    しかしそうすると、中には開設者が予想していなかった意見や、露骨に批判中傷する人も出てくるわけで、そういう人に対してどう対処するかが問題となります。

    そういう人に対して、怒りに任せて反論する、更に突っ込まれたらまた言い返す。こうして理性を失った見苦しい泥沼状態が続く場合があります。
    かといってただ無視すればいいという訳でもなく、また卑屈に迎合するのもどうかと思います。
    一番いい方法は、さまざまな立場の人がいて、さまざまな考え方があることを理解したうえで、相手を傷つけないように言葉を選んで、冷静に自分の考えを述べて対応することではないかと思います。但しもちろん、相手の意見が正しいと思ったら、それは素直に認めることも必要かと思います。

    何故、批判中傷するかというと、嫉妬心、虚栄心、自己宣伝欲、というものが入り混じった気持ちが働くのだと思います。つまり自分の方が強いとか、よく知っているという事を分かってほしいという気持ちです。

    掲示板の機能につてはその運営主体が考えるべきことなので、我々はどの掲示板が最も使いやすいかを考えて選ぶだけになりますが、残念ながら今のところはヤフーより便利で使いやすいものは見当たりません。最初の「したらば掲示板」にしても「Find」にしても、目立ちにくいので新しい参加者は無く、これまでのお馴染みさんばかりなので、発展性がありません。
    naoさんの「食品株大好き主婦の・・・」は上記2つより使いやすいとは思いますが、例えば株と旅を無理やりこじつけてテーマにして新しくスレッドを開設したとしても、気付いてくれる人は少ないでしょうから発展性が無いことについては同じだと思います。
    いずれにしてもその時まで果たしてどうなるか分かりません。今のところは

    http://sp.findfriends.jp/ 

    をよろしくというよりほかはありません。

    海山

  • >>No. 730

    書いている人は少ないけれど読んでいる人は沢山いると思いますよ。ハリマオさんと桜井さんの絶妙な漫才が面白いので楽しく見ています。

  • 今の2回分はアイパッドから投稿したものですが、何故か私の方はアイパッドに問題があります。11339以後の投稿が表示されていません。こんなことは初めてです。

  • >>No. 11352

    水俣病もイタイイタイ病も深刻な事件だったことは分かりますが、私たちにとっては、まだようやく戦後の混乱期から抜け出したばかりで、自分たちが生きるのに精いっぱいの頃でした。世界大戦のように国民全体を巻き込んだ事件ではないので、無責任と思われるかもしれませんがほとんどの人にとっては、今、我々が北朝鮮や中東での政治状況を見るように、「他人事」という感覚で見ていたと思います。

    闇市の話ですが、もちろん、戦後すぐの頃は闇市が唯一の食料品の調達先でした。闇市で買えない人はどうしたかというと、農家に泥棒に入り、米びつからごはんを盗んで食べて行ったそうです。金目のものには一切手を付けず、ご飯だけを盗んで行ったのです。
    根っからの悪人ではなく、飢え死にをしない為にやむを得ずご飯だけを盗む人に、農家の人は寛容であったと聞きました。

    海山

  • 前よりの続き

    その時私は、世の中にこんな美味しいものがあるのかと驚き、感動したことを覚えています。

    戦後ずっと後になって聞いた話です。当時金閣寺は今のように整備されてなく、荒れ果てていたのですが、祖母と私が金閣寺の池の辺を歩いていた時、突然祖母が池に飛び込もうとしたのを4歳の私が必死に止めたと言う事があったそうです。祖母から叔母に、叔母から私の妻に伝わったのですが、その時の祖母の気持ちは今の私には痛いほどよく分かります。
    祖母にしてみれば、娘と孫を結核で亡くし、娘婿から留守を預かった家を焼かれ、今は毎日食べるものもなく、将来の見通しも立たない中で発作的に死のうとしたのだろうと思います。

    大原でひと冬を過ごした翌年の春の日、私はいつものように近所の子供たちと一緒に、駅前の広場で遊んでいました。そんなある日、駅に着いた電車から、1人のくたびれた格好の兵隊さんが降りてきました。ぼろぼろの軍服を着て大きなリュックを背負い、ひげは伸び放題でしたが、すぐに私はその人が父と分かり、家まで飛ぶように走って行った事も覚えています。

    幼い時の記憶は断片的ですが、やはり強い印象に残った出来事だけは今も鮮明に覚えています。

    大原で私を引き取って、福井に帰ってきた父は懸命に働きました。暮らしを安定させることが何より大事だったので、無一文から始めた家庭金物問屋も、私が5~6年生になるころには一定の収入を得られるようになってきました。私に多くを語ることは無かったのですが、父は戦時中の悲しい記憶をひと時も忘れることは無かったと思います。

    このような戦争の悲惨さを何とか子や孫たちに伝えたいと思うのですが、彼らはそんな大昔の出来事を真剣に聞こうとはしません。戦争を記憶している世代や、それを受け継いだ世代も皆亡くなってしまった頃に再び戦争が起きるのではないかと、残念ながら私は思います。尖閣諸島や竹島、北方領土などでいずれかが強硬手段に出れば、相手国は黙って見ているようなことは無いでしょうから・・・・・

    海山

  • ryuichiroさんのお話の中にたびたび出てくる石牟礼道子さんというのがどういう人なのか、私は全く知りませんでした。水俣病やイタイイタイ病で苦しんだ人の事を思えば、そしてロヒンギャ難民やメキシコ国境の難民の事を思えば、呑気に旅行などしている場合ではないだろうというお気持ちかと思います。
    そのお気持ちはよく分かります。

    私にも戦時中の悲しい思い出があります。父が出征し、残された母はその後、生まれて間もない妹と共に結核で死にました。そして間もなく、あのB-29がやって来て、我が家に爆弾を落として行きました。
    私は祖母と一緒に近くの小川の橋の下で、水の中にしゃがんで、我が家が焼け落ちるのを見ていました。昭和20年7月19日深夜の出来事です。当時私は4歳でした。

    そしてそのあと、祖母は私を背負って、女学生の叔母の手を引いて、町の外れまでひたすら走りました。追いかけてくる業火の熱で、私の背中は今にも燃え上がるかと思うほど熱かったことを覚えています。

    それから、どこをどう辿って行ったのかは覚えていません。私達は祖母の遠縁の、京都の金閣寺の前の小さな民家の2階に住んでいました。しかし、食べ物はありません。毎日毎日、七輪の上で、どこかから貰ってきた少量の米で、薄いおかゆを作って朝夕、すするだけです。おかゆと言っても、ご飯粒が数えられるくらい茶碗の底に沈んでいるだけの薄い、薄いものです。

    そこにどのくらい居たのか記憶ははっきりしませんが、たぶん2~3か月くらいだったのでは無いかと思います。そんな暮らしを続けていては、やがて餓死してしまうと思ったからでしょうか、私はやはり祖母の遠縁と思われる滋賀県甲賀村の大原という部落の、貧農の家に、今度は私1人だけ預けられました。(京都の大原とは違います)
    大原で私に与えられたのはイナゴの蒸し焼きとサツマイモの蔓を煮たものだけでした。来る日も来る日も毎日そればかり食べていましたが、それでも京都のように餓死することは無く、約半年ぐらい、そこに住んでいたのだと思います。
    あるときその家の軒下に干してある吊るし柿が欲しくて、手を伸ばして取ろうとしたら家の人に見つかってこっぴどく叱られたことがあります。しかし、たぶん、不憫に思ったのでしょう。その日、飼っていた鶏を一羽潰して鶏なべを作って私にも食べさせてくれました。
    続く

  • 文字数がオーバーしてしまったので最後のところを削除しました。
    脈絡のない文章で申し訳ありませんでした。こんな調子ですから、少しだけ小説を書き始めてはいるのですが、いつになったら書き上げられるのか、又は永遠に無理なのかわかりません。

    海山

  • 私は政治のことはよく分かりません。
    世の中に幸福な人と不幸な人がいて、その格差が大き過ぎるような気がします。その格差を縮めるのが政治だと思いますが、大変難しいことだと思っています。
    例えば自分の家族に病人や失業中の者がいれば、援助するのは簡単です。しかしそれが友人だとすると、どうすればいいのかよく分かりません。お金を与えようとすれば、かえって彼を傷つけることになるし、もし平気で受け取るような人だったら、それはそれで問題だと思います。うまく言えませんが個人と個人の間で富の平準化を図ることは大変難しい事だと思います。

    ですから、裕福な人達から税金を取って、貧しい人に分配するのが政治の仕事だと思いますが、高収益を上げている企業に高い税金を掛けることはその企業の力を奪い、税金を回避するために本社を海外に移すなどして対抗してくるため、それには自ずから限界があると思います。またその会社にして見れば、努力して工夫して結果を出したのに、それに高い税金を掛けて競争力を削ぐようなことをされては困る、という事になるでしょう。

    私には政治のことはよく分かりません。しかし、関心が無いわけではなく、自分の力では出来ることは何も無いと思っているだけです。

    前にお話したように、先日サンフランシスコからお客さんが来ました。2泊3日、福井に滞在されて朝倉遺跡や恐竜博物館、養浩館庭園、年縞博物館や若狭湾のそともめぐりなど、県内の主要な観光地を、私ともう一人の小浜市在住の人でご案内しました。しかし彼女は普段、世界中を飛び回っている人なので、そして動物好きの人なので、そういった観光施設よりも、福井市の足羽山公園のミニ動物園でのカピパラの餌やり体験の方がお気に召したようです。

    彼女の実家は千葉なのですが9日間ほどの日本滞在中に千葉を拠点として和歌山の友人宅へ1泊2日、東北の温泉へ1泊2日、そして福井へ2泊3日と、過密スケジュールをこなしてアメリカへ帰って行きました。そして、更に驚いたことに、アメリカでは1日休んだだけで翌日出勤して、その日は自宅へは帰らず、職場から息子さんのいるロンドンへ直行する予定なのだと別れる前に言っていたのです。
    実際、今朝の掲示板の書き込みはロンドンから投稿されていたようです。

    海山

  • こんにちは。ご無沙汰しています。

    ryuichiroさんは最近お身体の調子は如何ですか?
    良くないとは仰っていますが、文面からは以前ほどには深刻な状況ではないように感じられるですが・・・・私の思い違いだったらごめんなさい。
    先日、県立病院へ行かれたのでしたね? その結果はやはり原因不明という事だったのでしょうか?
    こちらの掲示板で皆さんとお話することが、いくらかでも病気の苦しみを紛らわすことになっているように見えるのですが、どうなのでしょうか?

    世の中には幸運に恵まれている人と、不幸に喘いでいる人がいます。
    それを考えるとき、私は、自分はなんと恵まれているのだろうと思わざるを得ません。

    私は幼児期には戦争のせいで飢餓体験をし、そのためか子供時代は体が弱く病気がちでしたが、歳を取るに伴って少しずつ丈夫になり、今では血圧も血糖値も正常で内臓にも四肢にも異常は無く、同年配の人の中では割と元気な方だと言われるようになってしまいました。

    経済的にも、私は大金持ちではなく、中金持ちでもなく、小金持ち、と言えるかどうか?
    とにかく衣食住に困ることはありません。土地付きの家があり、冷暖房完備でウオシュレットのトイレもあり、食べたいものは何でも食べられます。車も今年6月にスバルの新車に乗り換えました。そして国内だけでなく、時には海外旅行にも行けるほどの、余裕のある暮らしをしています。
    今月末には沖縄旅行を計画しています。

    家族にも問題を抱えている者はいません。妻も健康です。息子一家も妹たちも自立していて私の援助を必要としている者はいません。

    そして何より、私は心に迷いがありません。信心深いとは言えませんが、お釈迦様の教えは正しいと思うし、他の宗教に惑わされたことはありません。毎日、朝夕にはお仏壇にお参りして阿弥陀経を読んでいます。阿弥陀経の世界はすなわち極楽浄土の世界ですから、私はすでに極楽浄土の世界に来ていると感じています。
    私は間もなく80歳になります。あと5年か10年、長くても15年の命ですが、そういう訳で死への恐怖感はありません。

  • >>No. 89

    そうです。そうです。と言いたいところですが、まさか・・・・・
    それとも年寄りを、からかっているのですか?

  • こんにちわ。

    私がこちらへ初めてお邪魔したのは8月初めだったと思います。
    私はただ、小説愛好者として、ときたま、こちらを覗いていただけで、会話に参加しようなどとは思っていなかったのですが、その頃こちらは、どなたからも見向きもされず、ryuichiroさんが毎日1人で書き込みを続けていらっしゃって、(私にとっては)とても難解な文章を書いていらっしゃいました。

    私なんかが口を出すようなトピでは無いと思っていたのですが、重い病気に罹っていて、しかも作品が評価されないと言ってお悩みのようでしたので、こんな年寄りの愚かな意見でも、もしかしたら気がまぎれるかも知れないと思って、叱られるのを覚悟で書き込みさせて頂きました。

    すると叱られるどころか感謝のお言葉を頂いたので、また調子に乗って書き込みを続けさせて頂き、とうとう、ここに居座ってしまいました。
    それでも参加者が増え、議論が白熱してくると、私の出る幕は無くなり、また静かになったら書き込みさせて頂くという繰り返しが続いています。

    しかしそうして、3か月近く経つうちに、不思議なことに、少しずつ気持ちが変化してきました。
    自分は小説なんか書けないし、書こうとも思わなかった筈なのに、何故か、いつか書いてみようか、とても文学賞に応募するようなものは書けないが、それでもいい、なにかに挑戦しようという気持ちが、少しでも老化防止になるのなら・・・・・と思い始めたのです。

    いつになるか分かりません。全く書けないかもしれません。それでも気持ちだけは持ち続けて行こうと今は思っています。
    しかし実際に、もし2~30枚の文章が書けたとしたら、たとえそれが小説の体を成していなくても、書いたからには誰かに読んでもらって、どこが問題なのか、どうすれば小説らしくなるのか、それを教えてもらう必要があるのではないかと思います。

    今年いっぱいで無くなるとしたら、そういう事も出来なくなります。ですから私としては、どうしてもこれと同じように、投稿が出来て、またお返事が頂けるようなものを続けて頂きたいと思う訳です。

    赤い実さんはそれに代わるものとして、ブログをお考えだとお聞きしましたが、年寄りには難しく、今からその仕組みを理解するのも困難で、このような慣れたものでないと、私には続けられない気がします。
    今日もこれで約1000文字になりました。

    海山

  • お早うございます。

    ryuichiroさん、この前ご紹介した
    http://sp.findfriends.jp/ は
    これまでのヤフー掲示板の代わりとしては、今のところいちばん使いやすく、私のようなインタ―ネットに無知な年寄りでも簡単にトピを立ち上げることが出来ます。くどいようで申し訳ありませんが、もう一度ご検討されてはいかがですか?
    私が文学関係のトピを開設することも出来ますが、それでは品位の無いものになってしまいそうです。
    類は友を呼ぶと言いますから、ryuichiroさんが開設されたなら、こちらの大切なご友人たちにも参加して頂けるのではないかと思います。

    ちなみに私が立ち上げた旅行関係のトピは『旅を楽しもう』といいます。上記のサイトから簡単に入って行けます。

    海山

  • お早うございます。

    今月末にこの掲示板も終了することになったので、女神湖さんからご紹介いただいた、http://sp.findfriends.jp/ に引っ越しをしたいと思います。

    7年前にハワイ旅行を計画した時、事前に少し情報を得たいと思って、初めてこの掲示板に投稿させて頂きました。このトピの創設者であるアキさんは昨年8月に亡くなってしまわれましたが、またびろさんや、ゆうきさんなど、その頃からのご常連メンバーによって、アキさんの意思は引き継がれています。

    引っ越しによってアキさんとのご縁は更に薄くなりますが、旅の楽しみを共有する場として、出来るだけ長くこの新しい広場?を、維持して行きたいと思っています。

    名称は女神湖さんの『朝ドラを楽しもう』を真似て、『旅を楽しもう』とさせていただきました。

    どうか皆さん。http://sp.findfriends.jp/ をご訪問頂き、『旅を楽しもう』にひとこと、メッセージをお寄せください。

    海山

  • お客さんが多いので、羊やポニーたちも今日は張り切って、餌をねだっていました。

  • なまけものは今日も寝ていました。1日18時間ぐらい寝ているそうなので、起きている姿はなかなか見られないようです。

  • 大きな食用ウサギは一匹だけです。お客さんのお相手で少々お疲れだったのかも知れません。

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