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投稿コメント一覧 (1730コメント)

  • お久しぶりでございます。

    もうこのトピには書き込むつもりはありませんでしたが
    今年いっぱいでテキストリームが終了すると聞いて
    お世話になったこのトピで最後の3週間を過ごそうと思い
    戻ってまいりました。
    (高校野球ファンも止めれそうもなかったですしww)


    来年は星稜が強いと評判になっているようですが
    私は来年の星稜の春夏連覇の可能性はかなり高いとみています。

    それにはある法則というかジンクスがあるからです。

    今から20年前の1998年に横浜高校が春夏連覇を達成し
    以後、興南(2010年)、大阪桐蔭(2012年)、大阪桐蔭(2018年)が
    春夏連覇を達成しております。

    直近のこの4回の春夏連覇達成校(横浜、興南、大阪桐蔭、大阪桐蔭)には
    すべて共通点(ジンクス)があり、
    来年の星稜もこのジンクスに該当することが決定しています。

    つまり、この『あるジンクス』に来年の星稜が該当することから
    私は同校の春夏連覇は大いにあり得ると宣言しているのです。

    さて、この直近4回の春夏連覇達成校に共通しているジンクス(法則)とは何でしょうか?

  • 今日、甲子園に記念すべき第100回大会の決勝戦を観戦してきました。

    大阪桐蔭は確かに強かった。
    どんな展開になっても負けないチームでした。

    でもいつも思うのはこの炎天下の中での殺人的な日程を
    どうにかならないものか。

    現行の日程では
    選手層の厚い私立の野球学校しか
    優勝できなくなるということです。

    金足農の吉田投手は超高校級の素晴らしい投手です。
    でも今日のような散々な結果になることは目に見えてました。
    そして初回の3失点でそれを確信しました。
    今まで何度となく春夏の甲子園決勝を観戦しました。
    決勝がワンサイドゲームになっても必ず試合終了まで観戦してきました。
    でも今回は5回終了時で球場を出ました。
    理由はもちろん吉田投手が限界を超えていて
    見ていられなかったからです。

    あくまで高校生の大会ですから
    夏休み中に全日程を終了させなければならない。
    それに本拠地とする阪神タイガースの日程の都合もあります。
    無理なことは承知でもどうにかならないものか。

    甲子園大会、高校野球は大きな転換期に来ていると思います。

    いろいろ問題は山積ですが、特に上記の通り日程の面で。

    甲子園大会の上位の顔ぶれが毎回毎回同じようでは観ている側もつまらなくなり
    高校野球ファンの減少
    そして野球人口の減少に拍車がかかるのでは
    と私は思っています。

    吉田投手の試合後の潔いコメントで私は悲しくなりました。

    彼の投手生命が今夏の肩の酷使によって絶たれないことを切に願います。



    高野連が現行の保守的なやり方を(大きく)改めない限り
    私は来年以降、甲子園には行きません。
    そして高校野球ファン・オタクを誇りとしてきました私ですが
    今日限りでファンを止めます。

    ただ野球ファンは止めないので
    神宮の大学野球観戦やプロ野球観戦、
    MLBのテレビ観戦は今後も続けます。

    ※今回このスレに書いたことはあくまで私個人の意見・考えです。
    賛否両論あるでしょうが、
    否定的な考えの方、批判するようなコメントは出来れば控えていただきたいです。

    今後、(絶対とは言い切れませんが)このスレをはじめ
    高校野球スレには一切投稿しないと思います。

    長い間、
    このトピにて私の愚問にお付き合いくださった方々、
    ありがとうございました。さようなら。

    eijing7890より

  • 皆様、お久しぶりでございます。

    この2ヵ月間
    いろんなことがありまして
    まったくスレを見ることすら出来ませんでした。

    前回出題した問題につきましては
    ちらっとしか拝見しておりませんが
    お答えくださった方々、正解です。

  • 夏の甲子園の代表校が1県1校になった78年の第60回選手権大会から
    昨年の第99回選手権大会までの計40回の大会でのことです。
    次のA群とB群には『ある共通点』があります。
    それぞれの共通点をお答えください。
    ※すべて夏の甲子園大会でのことです。

    A群
    ・第61回大会(1979年)
    ・第74回大会(1992年)
    ・第77回大会(1995年)
    ・第86回大会(2004年)
    ・第94回大会(2012年)
    ・第98回大会(2016年)

    B群
    ・第61回大会(1979年)
    ・第68回大会(1986年)
    ・第85回大会(2003年)
    ・第86回大会(2004年)
    ・第95回大会(2013年)
    ・第98回大会(2016年)

    見落としがなければ以上で全部かと。

    AとBの両方に該当するのが
    ・第61回大会(1979年)
    ・第86回大会(2004年)
    ・第98回大会(2016年)
    の三つの大会になります。

  • >>No. 37543

    hiro5501chie様、こちらもありがとうございます。

    この問題は少々意地悪な問題となっておりまして
    問題文には『ある年の夏の出来事』と書いてあり、
    甲子園大会とは書いておりません。

    つまり、
    ある年の夏の大阪大会予選での出来事です。
    また(B)高校はいまだ甲子園出場がありません。

  • >>No. 37544

    hiro5501chie様、ありがとうございます。

    不正解なのですが、
    試合はあっていますし半分正解と言ってもいいでしょう。

    答えは対戦相手の方のエース・堅田外司昭投手でした。

  • もう一問

    ある年の夏の甲子園大会で球史に残る試合に登板(完投)した投手が
    大会後にその試合を振り返ってこう言いました。
    投手名をお答えください。

    『あの試合での思い出はとにかく試合途中から腹が減って腹が減って
    そのことしか記憶にないです。
    試合前にサンドイッチをちょっと食べただけでしたし、
    あんなに試合が長引くとは思ってもいなかったですから。』

  • 校名を記入してください。


    ある年の夏の出来事です。
    ともに公立校の(A)高校と(B)高校が対戦し、
    (A)高校が(B)高校に先制されながらも逆転し
    3対2のスコアでからくも1点差で逃げ切りました。

    勝った(A)高校の選手たちが試合後にベンチ前でキャッチボールをしていると
    次の対戦相手が決まったという情報が。

    その相手とは優勝候補のPL学園でした。

    その情報を聞いたほとんどの選手たちの口から出た言葉は
    『えっ、マジでまたPLと?』
    『またPLとやるの?』
    というものでした。

    AとBにそれぞれ校名を記入してください。

  • >>No. 37538

    tanuki35121様、ありがとうございます。

    しれっとお蔵入りにしようかと思っていましたがww


    ほぼ正解です。

    私の記憶では
    二死ランナー無しの場面で
    智弁の打者が放った打球は右中間への大飛球となります。
    最初からこの打球を右翼手に任せていれば
    右翼手が難なく捕球してアウトでチェンジになっていたかと思います。
    しかし中堅手がこの打球を深追いしてしまい、
    挙句の果てにグラブに当てて落球してしまいました。
    この間に打者走者は一気に三塁を陥れました。

    あとはお書きになった通りです。

  • >>No. 37537

    toratoratigers様、
    ありがとうございます。

    肝心の校名が抜けておりますが
    国学院久我山だということはおわかりですので正解です。

    語群問題は
    A~Iのうち、Iだけ不正解であとはすべて正解です。
    Iは三鷹市になります。
    杉並区、世田谷区、三鷹市の3つ自治体が交わる微妙な位置に学校があります。

  • >>No. 37535

    次に該当する学校と(A)~(I)を埋めて下さい

    が、抜けておりました。

  • 簡単な問題

    次に該当する学校と

    ・甲子園には春夏とも複数回出場している
    ・甲子園では未だ勝ち星無し
    ・最初の甲子園出場時の(A)投手と2度目の出場時の(B)投手は
     いずれもアンダースロー
    ・甲子園初出場時から3度目の出場時まではユニフォームの色が(C)だったが
     4度目以降は(D)に変わっている
     ただし胸ロゴは初出場時から現在まで変更になっていない
    ・もっとも最近の出場時は(E・プレー内容でお答え下さい)で敗れている
    ・ドラフト1位指名の投手・(F)投手と
     ドラフト1位指名の内野手・(G)選手を輩出している
    ・学校の敷地は(H)と(I)の二つの自治体にまたがっているが
     学校の所在地は(H)になっている

  • >>No. 37529

    たぶん、
    甲子園無敗の学校。

    福岡・・・・三池工
    神奈川・・・湘南
    徳島・・・・海南

  • >>No. 37518

    musohyama様、ありがとうございます。
    遅くなり申し訳ございません。
     
    正解です。

    準決勝で東海大相模が智弁和歌山に勝利していれば
    東海大相模が3校目になっておりました。

    話はそれますが、
    近畿勢キラーの東海大相模が
    近畿の学校に甲子園で敗れたのは
    1970年(昭和45年)選抜での箕島以来、
    実に48年ぶり2回目の出来事です。

    今春の選抜で智弁和歌山に敗れるまで
    甲子園で近畿勢に10連勝中でした。
    (通算で近畿勢に10勝2敗)

    内訳は
    対大阪・・・・3勝
    対兵庫・・・・2勝
    対奈良・・・・1勝
    対京都・・・・2勝
    対和歌山・・・2勝2敗
    対滋賀・・・・対戦無し
    となっています。

    大阪桐蔭の関東勢キラーも有名で
    早稲田実と木更津総合(それぞれ1回ずつ)にしか
    甲子園で敗れていません。

  • もう一問

    今年の選抜大会・決勝戦の結果により
    大阪桐蔭が徳島商、明徳義塾についで
    『あることを記録(達成)』した3校目の学校になりました。

    この『あること』とは何でしょうか?

  • 1977年の選手権大会からもう一問

    1977年(昭和52年)8月13日・第59回選手権大会・大会6日目・第3試合・観衆54000人
    智弁学園(紀和)対川口工(埼玉)

    智弁学園 000 372 000  12
    川口工業 000 000 000  0

    (智)山口、辻山ー前田
    (川)浅沼、杉浦ー成島

    劇的なサヨナラアーチで甲子園初出場(現時点でも唯一の甲子園出場)を決めた川口工と
    箕島・天理と同校の同年選抜ベスト8以上3校が1枚の甲子園切符を争った紀和大会を
    勝ち抜いた智弁学園の一戦。

    川口工は41番目のいわゆるしんがりでの登場でした。
    対する智弁学園は大会屈指の好投手・山口哲治を擁し、
    初日の第3試合でこちらも大会屈指の好投手・小松辰雄擁する星稜を破っていました。

    智弁学園の監督は若き日の高嶋仁氏、
    智弁学園の監督としては最後の甲子園勝利となった試合でもあります。

    戦前の予想では
    やはり山口投手擁する智弁優位の声が圧倒的でしたが、
    川口工の2年生エース・浅沼も評判の好投手で、
    主砲の駒崎(のちに西武)も大会指折りのスラッガーとして注目されており、
    私は僅差の試合になると読んでいました。

    序盤3回までは山口、浅沼の私的には予想通りの投手戦。
    4回表の智弁学園の攻撃も簡単に二死となります。

    しかしこのあと、
    川口工守備陣にまさかの連続エラーが出て智弁が先制し、
    流れは一気に智弁へと傾きます。
    連続エラーで先制されてガックリきた浅沼投手は
    その後はまるでバッティング投手のように打ち込まれました。


    ここで問題です。
    4回表二死ランナーなしからの智弁の先取点、
    川口工の連続エラーとはどのようなものだったでしょうか?

  • >>No. 37511

    大分工といえば
    先日、2000本安打を達成したソフトバンクの内川聖一選手でしょう。

  • >>No. 37506

    inzhagi1107様、hiro5501chie様、ありがとうございます。

    お二方の回答をあわせてすべて正解です。

    問題1
    うろ覚えではありますが、
    いずれも右足を直撃したかと思います。
    3回裏の場面では打者走者はアウトにしたものの
    その後の二死ランナー無しから
    三塁打⇒二塁打と連続長打を浴びて
    県大会から続いていた無失点記録が途絶えました。

    問題3
    仰る通り、
    両手(左手にはもちろんグラブ)を腰に当てて
    一瞬安堵のような笑みを浮かべて
    その後はうつむいてマウンドを降りてきました。

    問題4
    本名は井手博士(ひろし)
    井手氏はご存知の通り、
    運動神経抜群で特に足には自信を持っていたそうです。
    しかし、
    対戦した熊本工の2年生中堅手が
    とんでもない強肩と俊足で『こいつにはかなわない』
    と、思ったそうです。
    その選手こそ、
    のちに阪急ブレーブスに入団し、
    西宮球場でフェンスによじ登って
    ホームランの打球をキャッチしたプレーで有名になる
    山森雅文選手です。


    ※これは以前、このトピで書いたことですが
    福島商の三浦広之投手
    細身の身体でダイナミックなフォームから快速球を投げ込んでいました。
    今から41年も前ですから
    ビデオで相手投手を研究するなんてことはなかった時代でした。
    今ならあの投球フォームなら
    振りかぶった時に球の握りが丸見えでしたから
    徹底的に研究されてあっさり攻略されていたかも知れません。


    しかし私にとって1977年は
    非常に思い出深い年でもあります。
    大好きだったキャンディーズが突然解散を発表。
    この大会が行われていた頃は
    『暑中お見舞い申し上げます』がヒットしてました。
    今でもフルコーラス振り付きで歌い踊れます(笑)

  • >>No. 37503

    問題を追加します。


    問題3
    サヨナラ押し出し死球を与えた直後、
    マウンドの三浦投手はどのようなポーズをとったでしょうか?

    回答例
    『マウンド付近でしゃがみこんだ』


    問題4
    勝った熊本工について。
    熊本工はこの夏の熊本予選の準々決勝で熊本第二高校と対戦し
    コールド勝ちを収めております。
    (確か10対1か10対0)

    この時の熊本第二には現在タレントの
    ある人物がレギュラー選手として出場しておりました。
    その人物とは誰でしょうか?

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