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投稿コメント一覧 (926コメント)

  • >>No. 12141

    >社会的に家事労働、ちゃんと労賃として換算したらどうなるか。

    確定申告の時に経費として認めさせるべきでしょう。
    労働時間、労働の質も勘案して。「働き方改革」だしね(笑)。

    そもそも「扶養控除」というのがおかしいわけで、家事労働負担を考えたら「扶養」されてるのは夫の方。
    ま、家事労働生産性を賃金に置き換え、所得に置き換えたら・・・・

    保育の場合0歳児なら月額50万円。これは現実に保育園に補助金として給付されている。プラス家事労働。
    つまりそうなると夫の所得に所得税も市県民税も、税金という税金が非課税にならなければ嘘。
    まあ、年間所得が10000万円あったら家事労働控除が600万円くらいかな?
    そしたら、400万円が課税対象、そこへ家事労働経費、例えば被服費とかガソリン代とか。

    ま、企業だって「お茶汲み」「コピー係」にしたって人件費として利益から控除されるわけですから。
    会社を家庭と見た場合は女子社員のその場合のお仕事は「家事労働」ですね。

    社会保険もろもろで400万円から600万円・・・

    さて、ライブ会場へ出社です(笑)。

    ケンタ。

  • >>No. 12139

    >育ってないのはケンタ・・・・

    御意!!

    成長、育つことのないまま馬齢を重ね、数えで70です。

    母親に諭されての辞任とか、新潟県知事。マザコンなのかな女性とお付き合いができなかった、50歳になるまで。
    極めて優秀だというがその寿命は短い。詰め込むだけ詰め込んだ知識、教養は使わなけれは腐食する。
    アスリートも同じだ。イチローはそれを知ってるから辞めない。辞めたら筋力、瞬時の判断力を失うことを知っているからだろう。

    官僚はトップに登りつめた瞬間、自己保身だけを考え。

    その意味では前川喜平前文科次官は政治に抵抗して辞職した。
    講演で人気を博してるが一つ解せないことがある。ご自身が政官財の閨閥にあることを語らずその政官財を批判するのは如何なものか。

    2000年第一次森内閣の文部大臣が中曽根弘文。
    その時前川喜平氏は文部省教育助成局教職員課長に着任・・・
    その中曽根弘文文部大臣の夫人が前川喜平氏の妹。更にその妹夫婦の息子が中曽根康隆衆議院議員となっている。

    まあ、福田純一前財務次官も哀れですね。判断力が全くなかった。

    セクハラ問題にしろ、そのことが結果こうなることを想像すらできなかった。
    アル中との噂もあるが、ま、次官なんってぇ仕事は毎晩酒を飲むのが仕事なんだろう。
    そらね、マスメディアの取材も「殿様」ですから横柄になるから男性記者は行きたがらない。
    で、女性記者ということらしいんだが、そら、なにもテレ朝に限った事ではなくましてや「女性活躍担当相」もいるくらいですから、男女共同参画です。
    そしたら、仕事に男も女もないわけですから「魚心あれば水心」で勘違いしちゃった脳みそが退化しちゃった超エリート。

    「福田が次官として極めて優秀だったかと言われればそうでもない」(笑)。

    福田氏も「オマエに言われたくない」なんだろうけど、財務大臣だっていつまでも庇っていたらブーメランです。既に飛びまくってますけど。

    しかし、現役の課長、局長クラスは歯軋りでしょうね。
    で、矢野康治官房長(次官代理)の興奮した答弁ぶりには笑えますね。
    それと、野党合同ヒアリングでの財務省の現役、完全に政治家を小馬鹿にしたような答弁。
    それにしても、「新宿桜蘭事件」の後遺症を未だ引きずってるんですね。

    財務省再編でしょうか。入りと出口が一緒じゃあどうにでもなりますから。

    ケンタ。

  • >本来からある家庭料理、ケンタさんの奥様なら、守っているでしょう。

    彼女の父親は大正12年生まれで元々は省線(現・山手線)の運転手だったが徴兵される前に海軍へ志願兵として横須賀へ。
    敗戦で復員後は実家の農業の後継に。ご案内の通りの当時の世相です。
    義父は農民運動に加わりそこの青年指導者として「日本社会党」のメンバーになる。
    当時は片山哲内閣誕生で政界、政党は離合集散、そんな時期だったようだ。

    良くは知らないが彼女の母昭和2年生まれの父、祖父は岩鼻村の村議会議員だったという。
    当然農家だったが、その時期は大規模な軍需工場「日本化薬(旧・日本火薬製造株式会社)」、戦後は米軍に接収されその後その跡地の大半が「高崎原子力研究所」となっている。
    その旧岩鼻村地域は「岩鼻代官所」があり幕末、明治維新にかけ高崎「五万石騒動」、つまり農民一揆があった土地柄か、政治色が強かった。

    そんな義父は農協の理事を務めながら専業農家として生涯を貫いた。
    身長176センチと当時としては長身、国鉄機関士だった義父の一つ違いの弟は182センチ。親戚が寄り合うと身長167センチの僕はガリバーの中の小人のようだった。

    残念ながら、その義父、授かった子供が全て女の子4人。
    そんな中でも、子供の頃から僕のカミさんに期待していたようだった。婿を迎えて農業を継がせることに。
    カミさん、彼女は小さい頃からそんな父親のあとをついて野良仕事、や家畜の世話、夕飯の支度から風呂沸かしまでしていたそうです。
    豚に赤ちゃんが生まれると母豚に踏まれないように介護していたとも。

    そんな義父にとって僕の出現はとんでもないことのようだったようです(笑)。
    もちろん結婚には大反対、カミさん、彼女は家を飛び出して僕のところへ。

    僕らに長女が生まれて諦めたのか、カミさんの実家へ行くとそんな長女を連れておじいちゃんぶりを近所に見せるようになりました。
    お酒は全くダメな義父でしたが、ヘビースモーカー56歳の時「大動脈瘤」で倒れ、手術、それ以降は入退院を繰り返す。
    で、73歳の時再発症し手を振りながら手術室に消え帰らぬ人に。

    カミさん、元気な頃は夏はぬか漬け、冬はタクワン、白菜漬けは欠かしませんでしたね。
    お正月の御節料理、きんぴら、煮豆、ナマス。そして数の子の下ごしらえは職人技。

    全て実家でやっていたことだった。

    ケンタ。

  • >>No. 12135

    まあ、ね。

    僕らの子供時代はとんでもない時代だった。

    そうなんだよね、風は西から東に、吹いてくる。普通はね。
    で、北から南に吹いてくる、コレ、定説。

    南太平洋で数限りない核実験をやった米、英、仏。そしてソ連(ロシア)も中国も。
    相当降り注いだんだろうね、放射能。どっこい、団塊世代はそんなもんには負けなかった(笑)。
    そして高度経済成長期の公害、光化学スモッグに排気ガス。僕らはそんなもんには負けなかった。
    たしかに、そうした複合汚染の中水俣病、ここ高崎も隣町安中市の東邦亜鉛の垂れ流すカドミウムによるイタイイタイ病の直接被害者もだったけど、どっこい僕らは負けなかった。
    ま、チクロがどうのこうの騒いでたけど、僕らが子供の頃は駄菓子屋へ行けばチクロまみれの駄菓子、アイスキャンデーなんてその典型。
    それでも、戦後生まれの僕らは負けなかった、その証拠に世界一長寿、高齢化社会、実におめでたい話ではないか。

    そう、僕らが子供の頃は医者なんかにはほとんどかからなかった。
    風邪ひいて熱出したら頓服飲まされてお母ちゃんがりんごをすってくれて、2、3日で治った。
    腹壊したら正露丸とか富山の置き薬飲まされてそれでオシマイ(笑)。
    もちろん冷蔵庫なんかない時代だったから台所には蝿帳があって、入梅の時期にはクンクン匂いを嗅ぎながらご飯を食べた。

    朝は納豆か卵かけご飯。昼は給食、鯨の竜田揚げ、じゃがいもだけの粉いっぱいのドロドロなカレーとコッペパンにアメリカの家畜の餌の脱脂粉乳。
    そうだ、未だ米は米穀通帳の時代、今のトランプと一緒でアイゼンハワー商売上手で「コメを食うと馬鹿になる」てぇんでやたらパン食かうどん。そういやあ「つみっ粉」で腹膨らましたこともあった。

    人間、結構丈夫にできてます。免疫しだいですね。

    ま、母乳を知らなかった僕は免疫がなかったから子供の頃はひ弱。今もひ弱だけど(笑)。
    まあ、今はアルコル消毒が功を奏してるせいか、結構丈夫です。ずっと医者いらず、骨折とかのケガ以外は。
    ま、今の子は無菌培養だから、抵抗力がないのかなぁ。
    それと、産婦人科医に聞いたんだけど普通分娩、産道をとおてきた赤ちゃんと、帝王切開で生まれた赤ちゃんとでは抵抗力が違うと。
    産道にはありとあらゆる免疫が赤ちゃんに供されるんだとか・・・

    人間、戦争が最大の疫病かも。

    ケンタ。

  • >電気がまの使い方知らなかった。

    僕は今でも電子炊飯器の使い方が分かりません。
    洗濯機の使い方もわかりません。
    掃除機の集塵パックの交換の仕方もわかりません。

    僕の家での仕事はカミさんに指図されながら洗濯物を干す。
    あとは、三匹のニャンコのトイレ掃除とゴミ出しだけ。

    「あんた、私がいなくなったら生きていけないね」

    今は末娘が時間があれば洗濯したり炊事をしたりしてくれてますけど・・・
    来年からはどうしよ(笑)。

    >東大卒当たり前の組織で生き残れるということはそういうことなんでしょうね。

    官僚、政治家になるような東大卒は競争心が強いよです。
    そして競争に勝つと他社を見下し、威張り、怒鳴り散らす・・・・

    佐川前国税庁長官、前理財局長(60)は二浪して東大法学部へとか。
    で、森友でお噂の迫田元国税庁長官、元理財局長(58)。
    そして、今回、セクハラで騒がれてる福田事務次官(58)はともに東大法学部卒で財務省(旧大蔵省)入省が同期。

    佐川前国税庁長官はコンプレックスの塊で、威張る、怒鳴る、見下す、と省内では悪評とか報道で。
    因みに、迫田氏は長州閥。福田氏はリクルート事件で有罪判決を受けた高石邦男文部次官が岳父。

    僕の知人に東大工学部卒で高崎原子力研究所の研究員いました。
    僕より1歳年上で30代の頃僕のライブにはよく来てくれていて、原研の職員としか認識していなかった。
    後々知るんだけど、かなりの上級研究員で将来のノーベル賞候補とか彼の仲間は言ってました。

    「何研究してるの?」って聞くと、「放射線によるじゃがいもの発芽防止」って、真面目な顔で。

    ある日のライブに彼はお母さんを連れてきて、そしたらそのお母さんが当時は50半ばでその息子と歌ったり踊ったり。

    「この子が勉強してるの全く見たことがないの」

    つまり、天才なんですね。見た目普通、とても東大卒で原研の研究員だとはとても思えない(笑)。
    最後に会ったのが東海村の原子力事故で転勤になる時の送別会。

    岡田漱平ちゃん、彼はノーベル賞を取れるんでしょうか?
    http://www.aec.go.jp/jicst/NC/iinkai/teirei/siryo2017/siryo04/siryo1.pdf#search=%27%E5%B2%A1%E7%94%B0%E6%BC%B1%E5%B9%B3%27

    ケンタ。

  • >>No. 12131

    「シスターコンプレックス」

    僕は10歳年上の姉が大好きだった。

    小さい頃姉の家に行って姉とお風呂に入って一緒に寝るのが楽しみだった。

    僕が悪いことをすると「高崎へ帰れ」と、怒る。
    僕が泣くと「男のくせに泣くな」って怒る・・・
    僕が泣きべそをかいたままでいると、優しく抱きしめてくれる。

    姉が高校生になると休みにはいつも僕の家に来て映画に連れてってくれた。

    僕に大事件が勃発した2年後に姉は結婚して東京へ行った。僕はとても寂しかった。
    中学一年の時その姉に長男が生まれた。その長男を可愛がる姉。僕は甥であるその長男に嫉妬した。

    僕が好きになる女の子はみんな姉のようにキツイ女の子だった。
    一番長く付き合った女の子は二つ年下だったけど僕を弟のように可愛がった。
    何人か付き合った女の子はいたけど、か弱くて従順な女の子とは長続きはしなかった。

    そうだ、カミさん僕より8歳も年下なのに最初から姉のような存在だった。
    炊事洗濯お針ごとなんでも100%こなした。
    長女が生まれる時もオムツを数十枚縫い終えていた・・・

    その意味では僕は家のことは何もできなかった。
    電球一つ変えることもできなかった(笑)。

    「全く、男のくせにドライバーひとつ使えないんだから」

    「新聞はこう束ねるの、何度教えたらわかるの」

    カミさん、今でも不自由な体で台所の片付けは物の見事きれいに片付ける。

    そして何かにつけて僕に文句を言う。

    43年間そういう生活をしているとそういうそれが何故か心地いい。

    「少しも反省してないんだから」

    といわれても、何を反省するのかがわからない僕。

    カミさん、僕の姉に似ているのかもしれない・・・

    ケンタ。

  • >日本全体で家庭教育、学校教育、考えるべきです。

    ま、他人のことをどうこう言える僕じゃあないのでなんともなんだが・・・

    今の日本社会には「大人」が不在ですね。「幼稚化」「白痴化」。
    どうなっちゃってるのかと思わざるを得ません。

    新潟県知事(50)が「女性問題で辞職だそうです。
    東大医学部卒、医師でもあり弁護士でもある。そして国会議員でもあった、渡り鳥。
    金看板をいくつもしょって颯爽と登場したはずが「女性問題」ですか(笑)。

    まあ、勉学に勤しんで脇目も振らず最高学府頂点を目指し青春もなかった。
    おそらく何もすることのない国会議員時代、知事になって今が青春なんでしょう。
    つまり、若い頃の禁欲から解放されそれなりの地位に就いたとたん「青春」(笑)。

    財務事務次官もそうなんだが、相手はキャバクラ嬢だと言っている。
    ま、例えそれがキャバクラ嬢だったとしても、天下の財務次官の所業ではない。
    で、財務省といえば大蔵省時代のMOF担、新宿桜蘭「ノーパンしゃぶしゃぶ事件」というのがあったんだが、青春時代禁欲して偉くなった人間はクズ。

    で、件の財務大臣は新潮社を相手取って名誉棄損裁判の準備中だとか。
    ま、裁判なら白黒結審まで2年、3年はかかるだろうから政権の時間稼ぎだろう。

    いずれにしろおママゴト夫婦が総理大臣、ファーストレディーですから生まれた時から青春時代で、今も青春時代。
    幼稚ですから世の中の仕組みなんて考えたことがない、もっとも生まれがそんなこと考えなくても良い環境のお育ち。
    当然」、年収300万円前後で生活するなんて想像すらできない。お金は天から降ってきますから。

    まあ、政治家がダメだけど官僚、役人がしっかりしている高度成長期の日本と言われてたけど、政治家もダメ、官僚もダメ。
    で、野党にも東大、財務官僚出身の代議士もいたりするんだがおそらく青春時代はなかった。
    その意味では「東大安田講堂事件」というのも青春なんだろう、麻疹。
    その麻疹にかかったことがない連中が政治家、官僚だからそら始末におえない。

    で、今頃になって麻疹にかかって、おネエちゃんのケツを追っかけてる。

    ところで新潟の米山知事なんだが独身で女性問題って事件性があるやのお噂も。

    とにかく、財務官僚って嘘つくのがお仕事じゃあ、それも子供じみた・・・

    ま、子供なんでしょうねオツムが。

    ケンタ。

  • >>No. 12126

    記者 財務省と森友学園、どうなんですかね。

    福田 今日ね、今日ね・・・抱きしめていい?

    記者 だめです

    福田 じゃあ(旦那)は浮気しないタイプなの?
    福田 予算通ったら浮気するか?
    財務次官といえば幕府「勘定奉行」・・・

    「お戯れを」(笑)。

    福田 いやいや手を縛って良いから
    福田 手を縛ってあげる 胸触って良い?

    記者 だめですよ

    福田 手縛って良い?手縛られて良い?

    記者 そういうこと本当にやめてください
    https://www.youtube.com/watch?v=jj1mhwW_m3w

    言葉がない・・・

    ケンタ。

  • >>No. 12125

    >彼女らに幸せをもらってのうのうと生きていられるのだと思います。

    10歳、8歳年上の姉・・・

    「あたしたちが面倒見るから」って号泣したそうです。

    姉たちにとっては叔母の家に養子に行った弟、会いに行ってはダメって言われていたそうです。
    普通に会えるようになったのは僕が保育園に通い始めた頃から。
    保育園の旅行には保護者として来てくれた高校生だった「冨美子ねぇちゃん」。
    それからは、その年おじいちゃんが73歳亡くなってお葬式で、田舎の話だから大勢の近所、親戚筋が集まって、従兄弟の中でも一番年下の僕は可愛がられた。

    「はじめは、色が白くてマっちゃん(満津子)に似て器量よしだね」

    みんながそう言って、僕を頬ずりすた。

    おかしいな、僕のお母ちゃんは奈津子なのになんでナッちゃんじゃなくてマっちゃんなんだろうと不思議でならなかった。

    おばあちゃんが亡くなったのは僕が小学2年生の時。
    おばあちゃんが丸い棺桶に入れられると、おばあちゃんに可愛がられていた僕は「僕も入る」と言って周りの大人を困らせたのを憶えている。
    その時実母は未だ暗い部屋で寝たままだった。

    僕は物心ついてっていうか、保育園の頃いつも母のおっぱいをまさぐって眠った。
    もちろん授乳期は母のおっぱいは出なかったので僕はヤギの乳と、配給の粉ミルクだけでそだった。
    けど、僕はずっと母のおっぱいで育ったと思いっていた。

    実母はもちろんおっぱいは出なかった、養母もおっぱいは出なかった。その意味では母親のぬくもりを知ることができなかった。
    まあ、それがどうした、生みの親より育ても親というやつもいるがそのことが分かってからは、どんなに貧乏でも本当の父親、母親が恋しかった。

    しかし今はそんな4人の両親もいない。
    今は自分の中でそういった気持ちは整理されてると思っている。
    まして子供を三人も受けて、親子の感情がこんな幸せなことだと思うとそういうことになってしまった4人の両親も随分辛い思いをしたのじゃあないかと思う。

    僕の「万事塞翁が馬」もそこから来ているんじゃあないのかと。

    そう思うと僕の人生も捨てたもんじゃあなかった。

    未だに15歳で始めたドラムで「芸は身を助ける」、無頓着だけど、執着する。
    他人に嫌われても気にしない、自分勝手とも言われるけど、それがそういう僕の処世術だったのかもしれない。

    ケンタ。

  • >>No. 12123

    >まあこんな話しても、人は分かりません、理解できません。なぜパニックが起こるかも自分でわからないのですから。

    小学校の頃から友達はそんな僕に気づかなかった。

    いつも一人が平気だった。今も一人が平気・・・

    「パパは何も話してくれない」は、カミさんの口癖でした。

    そ~かな~と思うんだけど、バンド仲間も仕事仲間も「何も話してくれない」とボヤきます(笑)。
    今日まで、全て自分で決めて自分で行動してきたのは悪い癖ですね。
    多分これからもそうでしょう。今もバンド仲間も僕に相談します。そんなこと自分で決めろよと言いたいところなんだけど、僕が決めちゃうんです。

    でも、能力的に限界があって失敗することのほうが多かったこれまでの人生。

    失敗しても、自分の中で整理して腹に収める。

    正直、僕は悩まないのが悪い性分です。悩んだところで解決はしない。他人に頼ったところでどうになることでもない・・・

    だから、敬遠されますね。物事をはっきり言ってしまう癖。

    いつからそんな強い。キツイ性分が僕自身に宿ったのか。

    小学校4年までは僕は泣き虫で、喧嘩もできない少年だった。それがアレ以来自分の気持ちは意地にでも通す嫌な少年になった。
    友達はできなかった。できなくても良かった、淋しくも何にもなかった。
    でも一人だけ、たった一人だけ僕を理解してくれる一歳年上の友達がいた。彼には全てをさらけ出していた。

    「オマエいつまでそんなこと言ってるんだ、親の気持ちになってみろ」

    そう言われて、その友達とは疎遠になった。

    僕の記憶は映像で脳裏に浮かぶ。これってトラウマなんだろうか・・・
    今もあの時の光景は僕の気持ちをざわつかせる。

    4人の父母も辛かったと思う。

    「なんで、自分の子供を手放した?」

    「なんで自分の子じゃあないと僕に言った?」

    僕は自分で子どもを持ってみて、とても自分の子供を何があろうと手放すなんて考えられなかった。
    あの時代、戦後の時代です、隣近所子供がいっぱいいても貧しくても、夫婦喧嘩、兄弟喧嘩しながらも生きていた。

    ごめんなさい、自分で何を書いてるかわからなくなっちゃった・・・

    ケンタ。

  • 実の父母でないことが僕に分かってしまったことに父母は狼狽してましたね。
    しばらくは僕にどう接していいのかわからないようでした。

    そのかわり当時高崎の女子高に通っていた姉が学校帰りに毎日僕の様子を見に来てました。
    市場の仲買をしていて実父も合間を見ては僕の様子を見に来ました。

    小学校四年でしたから僕の心境は複雑でしたね。悪いことをしたらこの家を追い出されちゃうんじゃあないかとか・・・・
    たまたま5年生になったとき同じクラスの落合くんちに妹が生まれて、先生が学級会で話してました。
    もしかして僕んちも弟か妹が生まれるかも知れない、そしたらお姉ちゃんちへ返されちゃうかも知れない、そんな恐怖の毎日でした(笑)。

    その頃は夏休みになるとタイル工事会社をやっていた東京渋谷の伯母の家に2週間くらい行ってました。
    当時そのおばの知り合いに「ブーちゃん(市村俊幸)」ピアニスト・俳優がいて僕を「少年ケニア」のオーディション受けろとか言って六本木の朝日テレビに連れてかれて、小学5年生の時でした。
    オーディションの時、住所は高崎だけどもし合格したらどうしますか?って聞かれたので「渋谷の伯母の家から通います」って答えたのを憶えてる。
    第一次審査は合格して、そしたら高崎の父母が慌てて飛んできて「冗談じゃあない」みたいな話になっちゃって、連れ戻されました(笑)。

    でもね、そういうことって本人じゃあないとわかんないよね。
    そのことを知らなかったとき、近所のおばさんたちが僕のことを「貰いっ子」とか言っていて、それを聞いてる近所の子が僕をいじめるとき「貰いっ子」とか言ってたけど、そのときは何を言われてるかがわからなかった。

    思春期、実父母にも養父母にもひどい事を言ってしまった・・・

    今はその父母たちはいないけど、後悔してます。

    ケンタ。

  • >>No. 12118

    >ケンタさん、幼いころはかわいかったみたい(笑)

    猫も犬もちいちゃいうちが可愛い。

    目の中に入れても痛くないほど可愛かった末娘が、カミさんと一緒になって僕に意見する(笑)。

    僕の出生の秘密。って言うほどでもないけど、母32歳。僕5歳。

    七五三の記念写真です。

    誰が見ても「似てねぇなぁ」。
    その言葉にいつもいわれのない不安を感じていた。

    母は僕を溺愛した。と同時に理由もなく僕をなじったり、叩いたりといった行為をした。理由は分からなかった。
    あとでわかるのだが母には母の葛藤があったようだ。

    写真に写る母は、実父の妹、大正10年生まれ。つまり養母。
    実母は僕を生むと脊椎カリエスでその後10年床に臥した。
    自分の病状を知りつつもどうしても僕を手放したくなかった実母。
    昭和24年の話です。実母の病状が回復する見込みはなかったらしい。

    「大岡裁き」ですね。

    実母は僕を何処かへやるんなら死ぬと言ったそうです。
    でも死ぬ力さえなかった実母。

    僕が生家を離れるとき、その僕を抱きしめてなかなか離さなかったそうです。

    「病気が移るから」

    との実父の一言に泣きじゃくりながら僕を手放した実母。
    きっと生後三ヶ月の僕の産着はその実母の涙で濡れてぐしゃぐしゃになっていたでしょう。

    そして僕は子供のできなかった実父の妹夫婦のもとへ養子に出された。

    「おばちゃん、病気だからそばに行くんじゃないよ」

    それが養父母のいつもの言葉だった。農業と、村唯一の万屋を営んでいた生家。
    奥座敷の暗いところに実母は寝かされていた・・・
    子供だった僕はそんな実母の眠る暗い部屋を覗きに行こうとすると、養母が鬼の形相で僕の手を引っ張り引きずる。怖かった、いつものい母ちゃんじゃあない。

    そう感じてか、それ以来僕は実母の寝る部屋を気に止めることもなかった。

    奇跡的にも実母は回復した。その時祖父母は亡くなっていて実母は家事も普通にできるようになっていた。

    時期はいつごろだったかわからないが養父が僕を連れて、そうだ梅もぎの時期だった、その手伝いで生家に来ていた。

    僕が姉と近所ヘ遊びに行って帰ると、実母の泣き叫ぶ声と養父の怒声が。

    「自分のお腹を痛めた子供を可愛がってどこが悪いの」

    「約束が違うじゃねぇか」

    そこから僕は殻に綴込み始めた。

    小学校4年の梅の時期。音楽と出会う。

    ケンタ。

  • >>No. 12114

    末娘が小学校5年の時クラスでおじいちゃん、おばあちゃんがテーマになった授業が。

    「玲ちゃんちおじいちゃんがいるの?」

    友達にそう聞かれたそうです。おじいちゃんって僕のことでした。

    「ちがうよ、アレはパパだよ」って(笑)。

    そしたら玲はこういったそうです・・・

    「パパのおじいちゃんのお父さんは江戸時代の人なんだよ」

    みんなキョトンとしてたようです。

    だって江戸時代って言ったら百姓でチョンマゲ結ってってぇのがイメージですから。

    それは、たしか古いアルバムを見ながら・・・

    「この人がパパのおじいちゃん?」そう聞くから、

    「そうさこの人がパパのおじいちゃんだよ」と。

    それは僕が3歳の祖父と従兄二人と、家の前の道で撮った写真。

    その3年後71歳で祖父は亡くなってるからその写真僕が3歳ということはその写真の祖父は68歳。今の僕より若い(笑)。

    で、僕は娘にった、「おじいちゃんはこの時68歳、生まれたのが明治17年だからおじいちゃんのお父さんは安政の大獄の時代かなあ。

    玲の同級生のお父さんはほとんどが40代だから昭和40年前後。そのお父さん、おじいちゃんは昭和10年代。でそのおじいちゃんのお父さんは明治?大正。

    そんな子どもたちには、日清戦争はさる事ながら日露戦争も知らない。
    日中戦争も知らない。太平洋戦争さえも知らない。朝鮮戦争も知らない、ベトナム戦争も知らない。

    「へ~、そんなことがあったんだ」と5年生くらいの時の玲。

    ピート・シガー作詞作曲「花はどこへ行った」。

    僕が中一の時初めて覚えた洋楽でした。隣の家に下宿していた群馬大学医学部、フォークソングクラブのお兄さんの手ほどきで。コードが簡単だったのですぐに弾けるようになった。

    その意味では、今、この時代をどう表現したらいいのだろうか?

    日本の中枢がおかしくなっている。

    政治家も官僚もウルトラマン世代、シュワッチで何事も解決すると思ってるのだろうか?

    ま、ウルトラマンタロウに麻生太郎、河野太郎、どうでもいいが名前が安易です(笑)。

    隠す、改竄する、何のためになのか?

    戦時中がそうだった。負けてるのに勝ってるって・・・

    国民の4割が貧困層だっていうのに、戦後最長期の「好景気」。

    有効求人倍率が過去最高、だけど半分が非正規。戦時中の軍部と一緒ですね。まるで。

    ケンタ。

  • >>No. 12112

    僕の長女は夫婦で大手コーヒーチェーンに勤務。職場結婚でした。
    娘は新宿の現場、夫は原宿本社で土日が休み、娘は店長でローテ。
    現在3歳になる末娘を夫が送り迎えだそうです。長男、次男は小学4年と3年。
    住まいは世田谷祖師谷で長男は一度「保育園落ちた」で1年無認可で大変だったようです。
    そうそう長女夫婦の家はいま話題の佐川さんちの近く、4丁目。ウルトラマン通り(笑)。

    どうなることやら、末娘は就活で毎週東京通い。
    第一志望は「日本郵船」できれば航海士だそうです・・・
    第二志望は「日通」、第三志望は「ボルボ」のトラック部門だとか。

    来年はいよいよ夫婦二人の生活に、それも老老介護です(笑)。

    そうやって終わっていくのかなぁ、人生。

    と言いつつ、10月8日(祝)、ビッグイヴェントを仕掛けてます。

    苦労は買ってでもしろ、将来のために(笑)。

    ケンタ。

  • >>No. 12110

    >小学校や大学つくるなら、保育園をたくさん創って

    地方の保育園・幼稚園はお寺のサイドビジネスです。
    文科省、厚労省の利権。ほとんどが行政の補助金で成り立っている税金たかりビジネス。
    本来なら、市立、区立でやればいいだけの話なんだけど、対象が0歳児~5歳児だからそんな面倒なこと行政はやらない。

    まあ、お寺は戦後この間葬式があまりなかったから坊主が理事長で、カミさんが園長。
    そういう仕組みで、園児集めたら一人イクラで補助金が出てそれで運営してきた。
    ま、行政だってデタラメに補助金出すわけにはいかないから、そら、保育士の給料抑えます。
    昔は、保母さんとかって大した資格もいらなかったから良家の子女の腰掛け仕事だったわけです。
    それが今じゃあ、保育士、結婚しないから年功序列ならいいんだけど、法人、お寺だって決まった金額しか入ってこないわけで、給料アップできません。

    つうことは、市立幼稚園のように保育士は「地方公務員」、これだったら年功序列で賃金アップしますから。
    つまり、要すれば、社会福祉法人にしろ宗教法人にしろ、保育士は「地方公務員」にしてその保育園、幼稚園に配属させればいいだけです。
    ま、なにも坊主ファミリーが補助金ピンハネする必要はないわけで、施設にしたって行政が借り上げればいい。
    要すれば、いわば、小学校のようなもんなんです。

    東京だってバンバン東京都、区が作っちゃえばいいんです。必要なんだから。
    場所だってないわけじゃあないんだから、それを無認可とかわけのわかんないこと言って、子供作ったら自己責任で、一人5万円だ、6万円だじゃあ少子化は当たり前です。

    で、地方保育園は「園児」の獲得合戦です(笑)。
    ま、小学校だって児童生徒数激変なんですから当然なんだけどね。

    で、「保育園落ちた、死ね」って言うんなら、それこそ「学童疎開」っていうか3歳児以上は全寮制の保育園に「園児疎開」。
    まあ、3歳くらいになったらそれくらいしてもらっても、そしたら東京都の保育園0歳児から2歳児までで、かなり空きができる。
    だって、だいたい、0歳児、2歳児まで一人の園児に50万円前後が税金でっていう話なんだし。
    例えば、日本一過疎の南牧村に村営保育園作ってそこに1000人くらいの園児を面倒みちゃう。

    そしたら、親も楽だろうしお金がかからない、「保育園落ない死ね」はない。

    ケンタ。

  • >>No. 12107

    >昭恵さんはなんだ?あんな存在になりたい、とは思わないが。

    オツムが・・・

    50過ぎた女、女性の振る舞いではないですね。
    悲しいかな、このネット社会ではその行動は逐一動画配信され、にも関わらずFB投稿ですから、常識外です。

    ソーリもですね、似た者夫婦っていうか、オツムが。

    ま、政治家の真似事25年からやってたら出来るだろうっていう話です、アレ。
    で、政務の経験は無しで官邸団生活ですから、そういうことです。
    カミさんだってそんな亭主の性格わかってるだろうからフリーダムです。

    いくらなんだって自民党にだってまともな政治家、代議士いる。
    しかし、そこは戦争に負けたっていうことを清算しないことにはなり手がいない。
    つまり、優秀な人ほど「なる」ことに慎重になる。

    って、いうわけで、まともな奴はソーリの周りには来ない。
    ソーリのそばにいれば、いいことにありつける、で、自身はそんな身分ではないことは百も承知。極めて狡猾、面従腹背。

    そんなわけで、ソーリが任命する大臣という大臣が変なのばっかり(笑)。

    そら、CIAだってKCIAだって、元KGBだって、中国工作機関。朝鮮総連だって日本の政治か身体検査してます。

    だから、なったとたん数年前の変な写真が投稿されたりフライデーされちゃう。
    つまり、普通に通報、密告組織がある、文春とか新潮に投げ込む。

    >しかし男は手がかかる。

    しかし手のかかる女です。見合い結婚だとか(笑)。

    もともとファーストレディーになるとは思ってなかったし、自分の亭主がソーリになんて。
    だって段取り踏まずにいきなり「ソーリ」ですから。

    いくらなんだって30年から連れ添ってたら普通はわかります、お互いが。

    ま、「おままごと」なんでしょうか。

    千人に一人くらいはいますね、天然とかの世間知らず。
    ま、それで生きていけることが前提ですけど、まあ、アメ屋の娘ですし。

    ケンタ。

  • >>No. 12106

    >真実は彼らにとってないのですということが、よくわかる政治でした。

    戦時中の若手官僚、課長クラスが戦後の日本を創った。
    それはA級戦犯被疑者として3年半にわたる巣鴨プリズンから解放され、その後およそ4年公職追放、米日講和条約発布に解除され昭和28年衆議院議員となった昭和の妖怪、その系図が現代、今日に緒を引く。

    その意味での歴史の改竄は明治維新以降常。

    いや、それは歴史なんかじゃあない今日の現実。つまり、現政権の現政権たる所以そのものなのだ。
    図らずも民主、国民主権へと動きかけた現実は物の見事に打ち砕かれた。
    それは一介の平民が成り上がり金と数の力で政治の頂点に差し掛かったところ、事実は改竄され崩れ去り、それに政治は慄きそれが今日の姿だ。

    戦争とはこの国の中世がそうであったように99%の庶民には何ら関わりのないことだった。
    そして戦国の時代が終わり泰平の世が260年、それを荒らげたのが大政奉還、王政復古、明治維新と99%の庶民を徴兵使役し下級武士階級が官僚に執権した。
    ということは、天皇こそいい迷惑でその下級武士階級官僚が神格化し、現人神といい臣民をいい赤子をいい数多の戦に国民を利用した政官財。

    ま、そこに始まった近代化とは官営「富岡製糸場」繊維産業の勃興。つまるところそれは軍需産業、日清日露戦争と欧州の戦乱からの需要だった。
    そらそうです。成人男子は全て徴兵され戦に駆られ最低限必要なのは被服、医療品で、幸いにも日本では本土が戦場にならずそれら軍需産品は女工使役し大量生産し輸出、供給し、その莫大な利益で財閥が生まれた。

    そう、戦争がどれだけその国の経済を潤わせるか、その後の「日中戦争」か大東亜戦争の目論見も画策したのは財界、その尻馬に乗ったのが一体となってる政官。その政官財が明治維新閥。
    今日もそれは変わらない。GDPを凌駕するほどの「隠匿資産」を持ちながら国民大衆に増税を言う明治維新閥の官僚と1%の政治家。

    北朝鮮を言いながら税金を湯水のように軍需産業に投じる現政府。
    国民生活、塗炭の苦しみをよそに極一部の政治家の放蕩三昧が報じられる。

    興亜院。大平正芳元首相が若手大蔵官僚(課長)だった頃の戦時経済、資金調達の組織。
    それら若手官僚が戦後の日本経済復興を工作し、所得倍増までは良かった。面従腹背の対米政策も。今日の政権は「面従腹従」。

    ケンタ。

  • >>No. 12104

    >証人喚問は様子がちょっとわかりません。

    夜、寝ながらV見ました(笑)。
    まあ、インターネットですから衆参両院全ての委員会が中継録画で見れる。

    そうですよね、普通に仕事してたら見ることできない。
    スマホ世代はキョーミがない。事の善悪も理解不能だろうね。
    もちろん新聞は読まない、テレビのニュースも見ない、見たところで「バイキング」。
    で、坂上忍が一端のことを言ったからもう大変でした(笑)。
    ま、タレントっていうか、いいけど、お笑いまでがコメントしてますからオシマイ。

    丸川珠代とかがひどかったねぇ。

    丸川:「安倍総理からの指示ははありませんでしたね」
    佐川:「ございませんでした」
    丸川:「総理夫人からの指示もありませんでしたね」
    佐川:「ございませんでした」

    これは「なかった」ことと念押ししていますね。

    丸川:「これで総理も総理夫人も関与がなかったことがはっきりしました」

    ま、「ありませんでしたね」っていうのは断定してるよね。
    他の質問は「ありましたか?」でお尋ねしています(笑)。

    まあ、茶番もいいところで、これ「日本沈没」です、いや「官邸沈没」。

    話は違うけど金正恩大帝が習近平大帝に挨拶に行ったとか。
    朝米会談の仁義を切りに行ったんだとか(笑)。
    どうすんだろ、我が安倍大帝・・・

    「トランプ大統領との間で日米が北朝鮮問題に関し100パーセント共にある」

    って言い切っちゃって。
    そしたらトランプ大帝、米朝会談やる、かも知れないって、さあ大変(笑)。

    ケンタ。

  • >>No. 12102

    潮目が変わったのかなぁ?

    支持率と比例して、投稿がスムーズです(笑)。

    ケンタ。

  • >>No. 12101

    「安倍首相はどんな人ですか?」と、園児に聞くと、

    「偉い人です。日本を救ってくれる人です」と園児。

    「シンゾーちゃん、おじいちゃまはどんな人ですか?」お母様が聞くと、

    「とっても偉い人です。日本をつくってくれた人です」とシンゾーちゃん。

    で、国会なんだが大臣にタローが二人います(笑)。
    大臣に下膨れ、が二人います近大の創業者ファミリー。加計よりは品が良さそうだけど。カミさんが民進党という変わり種。落選しちゃったけど。
    もう一人は、総理と同じ山口県の独占バス会社の御曹司でもあり世襲ファミ。

    いずれも、ウルトラマン世代(笑)。

    ま、どいつもこいつも凄みがない。
    鳥取の世襲もキャンディーズ世代で、軍事オタクって、オタクじゃあ困るわけで政党もコロコロ、風見鶏。
    で、どうでもいいんだけどポスト安倍の第一候補は貴族、雲の上の人です。

    そうだよね、よくよく考えたら戦後の首相は田中角栄以外は全部アメリカ様の都合でした。

    しかし今日の証人喚問を見ていて、哀れみを禁じ得なかった。
    だって自分のためじゃあないもの、財務官僚、出世街道まっしぐらで最後が国会のお白州じゃあ、末代まで言われちゃう。

    「刑事訴追のおそれが」って。それって悪う御座いましたって認めてることじゃないの?

    現・太田理財局長「ようすれば、佐川前局長は存じ上げていたと思います」って言うんだから。

    「いわば、妻の昭恵に確認したところそのようなことは言ってないと」(笑)。

    「いわば、私が妻の代わりに答弁しているのですから」って、だいたい「私」に疑義があるわけですから、「私」と言われてもいわば、困っちゃうわけです。

    まあ「悪魔の証明」です。

    ま、長きに渡る平和は喜ばしいことなんだけど、功罪がありますね。

    少なくとも「月光仮面」を信じた子どもたちが大人になってそういうわけのわからないことは言わなかった。
    「ウルトラマン」を信じた子どもたちは、グロテスクな怪獣とウルトラマンの戦いで
    大きくなったから、高級官僚に出世してもその世界は円谷プロの特撮を信じ込んでる。
    ま、子どもの頃の刷り込みは大人になってもなかなか消えるものではない。

    そういえば、現代、その手のアニメとか、特撮モノってないですね。

    あるといえば、タレント、芸人参加の「政治情報番組」、ま、もっともイマドキはテレビ見ないし。

    ケンタ。

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