ここから本文です

投稿コメント一覧 (2990コメント)

  • 弟子は、逃げていったというより、前もって預言しておられる。ひとりも失わないように。

    (ヨハネの福音書16:32~33)
     見なさい。あなたがたが散らされて、それぞれ自分の家に帰り、わたしをひとり残す時が
    来ます。いや、すでに来ています。しかし、わたしはひとりではありません。父がわたしと
    いっしょにおられるからです。
     わたしがこれらのことをあなたがたに話したのは、あなたがたがわたしにあって平安を
    持つためです。あなたがたは、世にあって艱難があります。しかし、勇敢でありなさい。
    わたしはすでに世に勝ったのです。」

  • >>No. 1344

    【ヨハネの福音書 20:11~14】
    11:しかし、マリヤは外で墓のところにたたずんで泣いていた。そして、泣きながら、
       からだをかがめて墓の中をのぞき込んだ。
    12:すると、ふたりの御使いが、イエスのからだが置かれていた場所に、ひとりは頭の
       ところに、ひとりは足のところに、白い衣をまとってすわっているのが見えた。
    13:彼らは彼女に言った。「なぜ泣いているのですか。」彼女は言った。「だれかが私の
       主を取って行きました。どこに置いたのか、私にはわからないのです。」
    14:彼女はこう言ってから、うしろを振り向いた。すると、イエスが立っておられるのを
       見た。しかし、彼女にはイエスであることがわからなかった。

  • >主イエス・キリストの恵みが、皆さんと共にありますように。

    主の祝福がありますように。
    平安、謙虚、励ましが必要ですね。
    賜物のあるところに、混乱があるかもしれません。傲慢に陥る人がどこにでもいます。
    でも、それを乗り越えなければならない。愛がなければ、キリストを中心にして、
    主を求めることなしには、賜物も無駄になります。
    しかし、だからといって、あるものをないもののように全否定したのでは、
    先には進めません。
    人によっては、遠回りしたほうがいい場合もあるかもしれませんが、

    神は、霊であり、霊的な世界を知り体験し理解しないと、
    神の国のことも理解できないし、伝えることもできない。
    霊的な多くのことを学ぶ必要がある。
    時には、痛い経験も、忍耐、真理、様々な知識を深めることにも役立つ。
    常に神を知ること、イエス・キリストを知ること、主を求めること、
    永遠のいのちを知ること、に焦点をあわせながら。

    (その永遠のいのちとは、彼らが唯一まことの神であるあなたと、あなたの遣わされた
    イエ・キリストを知ることです。ーーヨハネの福音書 17:3--)

    それを知るには、時間がかかるでしょうね。
    神に委ねて、神に聞きながら進んでいかないと、方向を見失ってしまう。

    神の時は、一日は千年のようで、千年は一日のよう。

    (ピリピ 2:1~5)
     こういうわけですから、もしキリストにあって励ましがあり、愛の慰めがあり、御霊の
    交わりがあり、愛情とあわれみがあるなら、
     私の喜びが満たされるように、あなたがたは一致を保ち、同じ愛の心を持ち、心を合わせ、
    志を一つにしてください。
     何事でも自己中心や虚栄からすることなく、へりくだって、互いに人を自分よりもすぐれた
    者と思いなさい。
     自分のことだけではなく、他の人のことも顧みなさい。
     あなたがたの間では、そのような心構えでいなさい。それはキリスト・イエスのうちにも
    見られるものです。

  • >>No. 1345

    >完全なものが来たときには、部分的なものは廃れよう。

    イエス・キリスト(完全なもの)が来たとき、
    再臨のとき、イエス・キリストが天から再び来られたとき、
    廃れますが、今はまだ・・・


    主イエス・キリストの来臨のとき、責められることのないように、あなたがたの
    霊、たましい、からだを完全に守られますように。(Ⅰテサロニケ 5:23)

    (Ⅰコリント14:1~
    愛を追い求めなさい。また、御霊の賜物、特に預言することを熱心に求めなさい。
    異言を話す者は、人に話すのではなく、神に話すのです。というのは、だれも聞いて
    いないのに、自分の霊で奥義を話すからです。

    異言を話す者は、自分の徳を高めますが、預言する者は教会の徳を高めます。(4節)

    あなたがたは御霊の賜物を熱心に求めているのですから、教会の徳を高めるために、
    それが豊かに与えられるよう、熱心に求めなさい。
    こういうわけですから、異言を語る者は、それを解き明かすことができるように祈りなさい。

    私は霊において祈り、また知性においても祈りましょう。霊において賛美し、また知性に
    おいても賛美しましょう。

    私は、あなたがたのだれよりも多くの異言を話すことを神に感謝しています。(18節)

    それで、異言は信者のためのしるしではなく、不信者のためのしるしです。けれども、
    預言は不信者でなく、信者のためのしるしです。

    それゆえ、私たちの兄弟たち、預言することを熱心に求めなさい。異言を話すことも
    禁じてはいけません。
    ただ、すべてのことを適切に、秩序をもって行いなさい。(39節)

  • (Ⅰテサロニケ 5:8~11)
    しかし、私たちは昼の者なので、信仰と愛を胸当てとして着け、救いの望みをかぶととして
    かぶって、慎み深くしていましょう。
    神は、私たちが御怒りに会うようにお定めになったのではなく、主イエス・キリストに
    あって救いを得るようにお定めになったからです。
    主が私たちのために死んでくださったのは、私たちが、目覚めていても、眠っていても、
    主とともに生きるためです。
    ですから、あなたがたは、今しているとおり、互いに励まし合い、互いに徳を高め合い
    なさい。

  • (Ⅰテサロニケ 4:13~18)
    眠った人々のことについては、兄弟たち、あなたがたに知らないでいてもらいたくありません。
    あなたがたが他の望みのない人のように悲しみに沈むことのないためです。
    私たちはイエスが死んで復活されたことを信じています。それならば、神はまたそのように、
    イエスにあって眠った人々をイエスといっしょに連れて来られるはずです。

    私たちは主のみことばのとおりに言いますが、主が再び来られるときまで生き残っている
    私たちが、死んでいる人々に優先するようなことは決してありません。
    主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って
    来られます。それからキリストにある死者が、まず初めによみがえり、
    次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、
    空中で主と会うのです。このようにして、私たちは、いつまでも主とともにいることに
    なります。
    こういうわけですから、このことばをもって互いに慰め合いなさい。

  • (Ⅰテサロニケ5:16~24)

    いつも喜んでいなさい。
    絶えず祈りなさい。
    すべての事について感謝しなさい。
    絶えず祈りなさい。
    すべての事について、感謝しなさい。
    これがキリスト・イエスにあって、神があなたがたに望んでおられることです。

    御霊を消してはなりません。
    預言をないがしろにしてはいけません。
    しかし、すべてのことを見分けて、ほんとうに良いものを堅く守りなさい。
    悪はどんな悪でも避けなさい。

    平和の神ご自身が、あなたがたを全く聖なるものとしてくださいますように。
    主イエス・キリストの来臨のとき、責められることのないように、あなたがたの
    霊、たましい、からだを完全に守られますように。
    あなたがたを召された方は真実ですから、きっとそのことをしてくださいます。

  • 誤字訂正
    神は、ひとりひとりの人性の中で、
    様々な方法で、存在を現しておられます。

    人生

    神を知らなかったときも、神を信じていなかったときも、
    神は、そばにおられたと思う。
    その時は、わからなかったけど、あとではっきりとわかった。
    あの大きな事故で、死にそうになった頃は、
    神様のこと、考えてもいませんでした。
    無神論者の本を好んで読んでいた。

    偶然がいくつも重なって、生き延びたこと、
    悲しみや恐怖を引きずりたくなくて、武勇伝のように
    体験談を語っていた。
    のちに、教会では、泣きながら話した。
    自然に涙が出てきたて、素直になれた。
    初心者の頃は・・・

    欠点だらけの人間が集まっている教会。
    がっかりすることもあるかもしれない。
    忍耐を養うため、成長のためにか、
    人と、神との違いがわかる。

    神様と自分との関係は、変わらない。

    神は、いない。と言っていた頃の自分。
    ニーチェを読んで感動していた頃の自分。
    偉そうに、自分で生きていると思っていたことも、
    そんなもんに頼ってと、おきまりの侮辱を投げつけて
    いた頃の自分。変な偶像と混同して、バカにし、
    無神論を自慢にしていたときも、
    (昔は、ネットもないから、普段、話題にもしないけど。)

    ずっと、包み込んで命を保ってもらっていたことも
    知らずに、
    何度も痛い目にあっても、どうにかなって、
    それは、
    ただ運がいいだけと思って、怖いものなしだった。
    親に支えられながら、偉そうにしている赤ん坊のように。

    ただ、バカみたいに信じ込んでって、
    ここでは、思われてるみたいだけど、

    反発して、反抗して、やるだけやって、
    神から罰くらうだけくらって、
    自業自得ってやつで、
    気が済んだって、感じ。

    教会の他に、
    外で、職場で、旅先で、いろんなところで、
    神の存在を感じて、

    >神はすべての人にとって神です。

  • 2017/09/20 10:47

    https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1460230589?__ysp=6YGg6Jek5ZGo5L2c44Go44Kt44Oq44K544OI5pWZ

    私も、遠藤周作の本、深い河、沈黙を読んだことがありますが、
    あまりのみじめさに、神を信じてない。聖書が理解できてない。
    信仰がない。と感じました。
    カトリックでもなかった。
    反キリスト的な立場で書いたと思われます。

    聖霊については、とてもわかりやすいと思います。
    受けた時のしるしとして
    異言で語る人は、少なくないですし、
    現実的に御業や奇跡が起こり、
    神と個人的につながります。
    聖霊が宿るからです。

    神を信じたときに分かるように
    なっていますから、

    そうでない場合は、
    神の存在はわかりません。
    作者は、自分の心の暗闇を堂々巡りし、その心の葛藤を書いてみても、
    作者個人の体験に過ぎず、わからない世界のことを、
    そういうものだと公に公表するのは、反キリスト的な行動で、
    そういうところに属している人だと聞いたことがあります。

    =======
    神は、ひとりひとりの人性の中で、
    様々な方法で、存在を現しておられます。

  • ですから、イスラエルのすべての人々は、このことをはっきりと知らなければなりません。
    すなわち、神が、今や主ともキリストともされたこのイエスを、あなたがたは十字架に
    つけたのです。」

    人々はこれを聞いて心を刺され、ペテロとほかの使徒たちに、「兄弟たち。私たちは
    どうしたらよいでしょうか」と言った。
    そこでペテロは彼らに答えた。「悔い改めなさい。そして、それぞれ罪を赦していただく
    ために、イエス・キリストの名によってバプテスマを受けなさい。そうすれば、
    賜物として聖霊を受けるでしょう。
    なぜなら、この約束は、あなたがたと、その子どもたち、ならびにすべての遠くにいる人々、
    すなわち、私たちの神である主がお召しになる人々に与えられているからです。」
    ペテロは、このほかにも多くのことばをもって、あかしをし、
    「この曲がった時代から救われなさい」と言って彼らに勧めた。
    そこで、彼のことばを受け入れた者は、バプテスマを受けた。
    その日、三千人ほどが弟子に加えられた。

  • 弟子たちの謎?

    聖書は、語っていますよ。

    (使徒の働き2:1~4)
    五旬節の日になって、みなが一つ所に集まっていた。
    すると突然、天から、激しい風が吹いて来るような響きが起こり、彼らのいた家全体に
    響き渡った。
    また、炎のような分かれた舌が現れて、ひとりひとりの上にとどまった。
    すると、みなが聖霊に満たされ、御霊が話させてくださるとおりに、他国のことばで
    話だした。

    ~~~~~~~~~~~~~~~~~
    兄弟たち。父祖ダビデについては、私はあなたがたに、確信を持って言うことができます。
    彼は死んで葬られ、その墓は今日まで私たちのところにあります。
    彼は預言者でしたから、神が彼の子孫のひとりを彼の王位につかせると誓って言われた
    ことを知っていたのです。
    それで後のことを予見して、キリストの復活について、『彼はハデスに捨てて置かれず、
    その体は朽ち果てない』と語ったのです。
    神はこのイエスをよみがえらせました。私たちはみな、そのことの証人です。

    ですから、神の右に上げられたイエスが、御父から約束された聖霊を受けて、今あなたがたが
    見聞きしているこの聖霊をお注ぎになったのです。
    (使徒22~32)

  • >>No. 110018

    イエスは苦しみを受けた後、四十日の間、彼らに現れて、神の国のことを語り、数多くの
    確かな証拠をもって、ご自分が生きていることを使徒たちに示された。

    彼らといっしょにいるとき、イエスは彼らこう命じられた。「エルサレムを離れないで、
    わたしから聞いた父の約束を待ちなさい。

    ヨハネは水でバプテスマを受けたが、もう間もなく、あなたがたは聖霊のバプテスマを
    受けるからです。」

    そこで、彼らは、いっしょに集まったとき、イエスにこう尋ねた。「主よ。今こそ、
    イスラエルのために国を再興してくださるのですか。」
    イエスは言われた。「いつとか、どんなときとかいうことは、あなたがたは知らなくても
    良いのです。それは、父がご自分の権威をもってお定めになっています。

    しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、
    エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土および地の果てまで、わたしの証人となります。」

    ~~~~~~~~~~~~~~~~~

    聖霊を受けて変えられた弟子たちや一般信徒が、世界中に福音を宣べ伝えた。

    父の約束==聖霊を受ける

  • この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。

  • >>No. 1342

    【ヨハネの福音書 20:4~10】
    4:ふたりはいっしょに走ったが、もうひとりの弟子がペテロよりも速かったので、
      先に墓に着いた。
    5:そして、からだをかがめてのぞき込み、亜麻布が置いてあるのを見たが、中に
      入らなかった。
    6:シモン・ペテロも彼に続いて来て、墓に入り、亜麻布が置いてあって、
    7:イエスの頭に巻かれていた布切れは、亜麻布といっしょにはなく、離れた所に
      巻かれたままになっているのを見た。
    8:そのとき、先に墓に着いたもうひとりの弟子も入って来た。そして、見て、信じた。
    9:彼らは、イエスが死人の中からよみがえらなければならないという聖書を、まだ
      理解していなかったのである。
    10:それで、弟子たちはまた自分のところに帰って行った。

  • >>No. 1341

    (ルカの福音書24:2~9)
    2:見ると、石が墓からわきにころがしてあった。
    3:入って見ると、主イエスのからだはなかった。
    4:そのため女たちが途方にくれていると、見よ、まばゆいばかりの衣を着たふたりの
      人が、女たちの近くに来た。
    5:恐ろしくなって、地面に顔を伏せていると、その人たちはこう言った。
      「あなたがたは、なぜ生きている人を死人の中で捜すのですか。
    6:ここにはおられません。よみがえられたのです。まだガリラヤにおられたころ、
      お話になったことを思い出しなさい。
    7:人の子は必ず罪人らの手に渡され、十字架につけられ、三日目によみがえらなければ
      ならないと、言っておられたでしょう。」
    8:女たちはイエスのみことばを思い出した。
    9:そして、墓から戻って、十一弟子とそのほかの人たち全部に、一部始終を報告した。

  • >>No. 110001

    (ローマ 11:25~32)
    25:兄弟たち。私はあなたがたに、ぜひ知っていただきたい。それは、あなたがたが
       自分で自分を賢いと思うことがないようにするためです。
       その奥義とは、イスラエルの人の一部がかたくなになったのは異邦人の完成の時
       までであり、
    26:こうして、イスラエルはみな救われる、ということです。こう書かれているとおり
       です。
        「救う者がシオンから出て、
         ヤコブから不敬虔を取り払う。
    27:  これこそ、彼らに与えたわたしの契約である。
         それは、わたしが彼らの罪を取り除く時である。」
    28:彼らは、福音によれば、あなたがたのゆえに、神に敵対している者ですが、
       選びによれば、父祖たちのゆえに、愛されている者なのです。
    29:神の賜物と召命は変わることがありません。
    30:ちょうどあなたがたが、かつては神に不従順であったが、今は、彼らの不従順の
       ゆえに、あわれみを受けているのと同様に、
    31:彼らも、今は不従順になっていますが、それは、あなたがたの受けたあわれみによって、
       今や、彼ら自身もあわれみを受けるためなのです。
    32:なぜなら、神は、すべての人をあわれもうとして、すべての人を不従順のうちに閉じ込め
       られたからです。

  • >>No. 1339

    【ヨハネの福音書 20:1~3】
    1:さて、週の初めの日に、マグダラのマリヤは、朝早くまだ暗いうちに墓に来た。
      そして、墓から石が取りのけてあるのを見た。
    2:それで、走って、シモン・ペテロと、イエスが愛された、もうひとりの弟子との
      ところに来て、言った。「だれか墓から主を取って行きました。主をどこに置いたか、
      私たちにはわかりません。」
    3:そこでペテロともうひとりの弟子は外に出て来て、墓のほうへ行った。

  • 続き・・

    (ローマ4:18~25)
    18:彼は望みえないときに望みを抱いて信じました。それは、
       「あなたの子孫はこのようになる」と言われていたとおりに、彼があらゆる人々の
       父となるためでした。
    19:アブラハムは、およそ百歳になって、自分のからだが死んだも同然であることと、
       サラの胎の死んでいることとを認めても、その信仰は弱りませんでした。
    20:彼は、不信仰によって神の約束を疑うようなことをせず、反対に、信仰がますます
       強くなって、神に栄光を帰し、
    21:神には約束されたことを成就する力があることを堅く信じました。
    22:だからこそ、それが彼の義とみなされたのです、
    23:しかし、「彼の義とみなされた」と書いてあるのは、ただ彼のためだけでなく、
    24:また私たちのためです。すなわち、私たちの主イエスを死者の中からよみがえらせた
       方を信じる私たちも、その信仰を義とみなされるのです。
    25:主イエスは、私たちの罪のために死に渡され、私たちが義と認められるために、
       よみがえられたからです。

  • 2017/09/13 05:23

    109994の訂正

    (ローマ4:24~25)
    24:また私たちのためです。

    ~~~~~~~~

    (ローマ 4:13~17)
    13:というのは、世界の相続人となるという約束がアブラハムに、あるいはまた、
       その子孫に与えられたのは、律法によってではなく、信仰の義によったからです。
    14:もし律法による者が相続人であるとするなら、信仰はむなしくなり、約束は無効に
       なってしまいます。
    15:律法は怒りを招くものであり、律法のないところには違反もありません。
    16:そのようなわけで、世界の相続人となることは、信仰によるのです。それは、恵み
       によるためであり、こうして約束がすべての子孫に、すなわち、律法を持っている
       人々にだけでなく、アブラハムの信仰にならう人々にも保証されるためなのです。
       「わたしは、あなたをあらゆる国の人々の父とした」と書いてあるとおりに、
       アブラハムは私たちすべての者の父なのです。
    17:このことは、彼が信じた神、すなわち死者を生かし、無いものを有るもののように
       お呼びになる方の御前で、そうなのです。

  • >>No. 109986

    > > 父なる神といっしょに宇宙を創造する前から、
    > > 人間は、神に逆らうことはわかっていたし、
    >
    > つまり、アダムちエヴァが禁断の果実を食べることも知っていたんだな?
    > 知っていて人間に罰を与えるなんて、サイテーな奴だな。

    罰ではなく、人間が神に逆らい神を拒否したことによって、食べても死なないと
    そそのかした者、悪霊に従ったために、神から離れた結果、霊が死んでしまったのです。
    肉体は、そのとき死んではいないが、霊が死んで、暗闇の恐ろしいものの支配下で
    苦しむ運命をたどることになった。
    霊・魂・体=人間  霊の中に神の霊が宿っていた。

    神に従ったり、逆らったり、聖書は歴史書とも言われている。
    現実にあったことが記されている。

    救い主が現れて、救われることは聖書によってわかっていた。
    救い主であるイエス・キリストを信じることによって、
    人間の霊に聖霊が宿り、生きるものとなった。
    肉体は、入れ物。

    (Ⅰコリント 15:2~4)
    2:・・・・・私が述べ伝えたこの福音のことばをしっかりと保っていれば、この福音に
      よって救われるのです。
    3:私があなたがたに最もたいせつなこととして伝えたのは。私が受けたことであって、
      次のことです。キリストは、聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、
    4:また、葬られたこと、また、聖書の示すとおりに、三日目によみがえられたこと、

    (Ⅰコリント 15:20~26)
    20:しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。
    21:というのは、死がひとりの人を通して来たように。死者の復活もひとりの人を
       通して来たからです。
    22:すなわち、アダムにあってすべての人が死んでいるように、キリストによって
       すべての人が生かされるからです。
    23:しかし、おのおのその順番があります。まず初穂であるキリスト、次にキリストの
       再臨のときキリストに属している者です。
    24:それから終わりが来ます。そのとき、キリストはあらゆる支配と、あらゆる権威、
       権力を滅ぼし、国を父にお渡しになります。
    25:キリストの支配は、すべての敵をその足の下に置くまで、と定めているからです。
    26:最後の敵である死も滅ぼされます。

本文はここまでです このページの先頭へ