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投稿コメント一覧 (104728コメント)

  • カッサバ菩薩はたいへんに喜び、躍り上がらんばかりであった。そしてブッダの前に進み申し上げた。

    「世尊、有り難いことです。世尊がご自分の子ラーフラを可愛がれるように人々を等しくあわれみくださることに接したことは得難いことです」

    「カッサバ菩薩、君がいま述べた言葉は本当に意味深い。すばらしいことを述べた」

    「世尊、お願いがあります。これまで説かれた妙寂に関する説法をまとめたものを受け継ぐならば、どのような功徳があるのか説明していただきたいものです」

    「カッサバ菩薩、もしこの妙寂に関る説法をまとめた経典の*名前を聞いたら、その功徳は未熟な修行者たちには到底理解できない。これはただブッダになった者だけがよく理解できる。なぜならばこの不思議な境地はただブッダの心の境界だから。名前を聞いただけでなく、さらに経典を暗記し、伝え、読み、唱え、理解し、書写したら、その功徳は量り知れない」

    大乗涅槃経



    おしまい

  • 無垢な小学生にもわかる  わらい


    ただ概念に囚われ 見えないだけだ



    忘れなさい

    涅槃経  信じることだ  信者のことだ 他

    優しい 大悲の教えになっていたぞ

  • >>No. 1719

    カッサバ菩薩はブッダに申し上げた。

    『世尊、いま妙寂の光は人々の心にさとりを求めようという気持ちが●なくても、彼らの毛孔に光が●入り込み、さとりを求めようという気持ちを起こさせると説かれましたが、そのお考えには納得できません。なぜかといいますと、彼らの多くには四つの規則破りの者(四重禁)がおり、五つの大罪(五逆罪)を犯した者がおり、そして極悪人の一闡提もおります。世尊の説で考えますと、光明が毛孔から入り、さとりの原因になるといわれるのでしたら、これらの●悪人どもと、正しく規則を守り、さまざまな善行を修めている人たちの間にはどのような違いがあるのでしょう。両者の間に違いがなければ、ブッダは先に四つの頼りとすべき聖者の意義をお説きになったのはなぜですか。
    ブッダは「この妙寂の教えを●一度でも聞いたら、あらゆる煩悩が消え去る」と説かれましたが、では、先に「ある人がガンジス河の沙の数に等しいほどの数のブッダに就いていてさとりを求めようという心をいくども起こしたが、ついに彼はこの妙寂の教えを聞いてもその意味が理解できなかった」と説かれたことはどういうことでしょう。このことが納得いかないと、私のすべての悩みは消えません』





    その経典の名を聞くものは・・・




    完。

  • ただ  笑ってもいけないがーー


    信じることは難しい  大経

    その前に 縁するのも大変なのかもしれんな

    知りたくても 菩薩でも難しいと・・

  • 2017/08/15 16:05

    よく みなさい

    世間

    みんな 戦争や異性や名利 その他に忙しいーー


    一切が救われるとは ?


      既成概念に囚われるから 観えないーー

  • キリスト教も面白いぞ  怒られるかもしれんが


    なにもしなくても そのままで 救われるのですか ?

    回答
    救われます


      わかったか ?

  • 法華経は捨てよ

    誰でも 救われるということだねーー
    無知なものがこられると微笑まれていたーー  法然上人



    以上  回答だけなら子供にもわかる時代なのだ

  • そうだねー  自分の力では無理  笑

    一切どころか 永劫かかる






    不可思議なる 他力なら・・


     しかし 世間の道理も通用しない  信じ難い教えになるがね・・



    仏教他力 ?  十地の菩薩も知り難い   涅槃経 大経  他

  • 末法無戒名ばかりの比丘


    探せ  探せ  小学生にもわかる !


       既成概念に囚われるな

  • ましてや 未熟な修行僧においてはーー   涅槃経

  • 涅槃経
    なにも 知らなくても  発心さえないものがーー 

    ーーーから 光が入る


    誰にも解る時代。  ただ  知らされていない


    涅槃経
    あの、十地の菩薩でさえ 知るとしても 幻のように ハッキリとは知見できないーーーー

  • みんな 坐っているのかい ?
    それどころかーー
    戦争の歴史

  • 行為ではない信仰である。  パウロ

  • 坐れでは 笑い  一切なんて無理


    そのまま
    そのまま



      ではーー

  • 誰にも末法解る、簡単なヒント。

    大乗涅槃経ーー -


    カッサバ菩薩はブッダに申し上げた。

    『世尊、いま妙寂の光は人々の心にさとりを求めようという気持ちが●なくても、彼らの毛孔に光が●入り込み、さとりを求めようという気持ちを起こさせると説かれましたが、そのお考えには納得できません。なぜかといいますと、彼らの多くには四つの規則破りの者(四重禁)がおり、五つの大罪(五逆罪)を犯した者がおり、そして極悪人の一闡提もおります。世尊の説で考えますと、光明が毛孔から入り、さとりの原因になるといわれるのでしたら、これらの●悪人どもと、正しく規則を守り、さまざまな善行を修めている人たちの間にはどのような違いがあるのでしょう。両者の間に違いがなければ、ブッダは先に四つの頼りとすべき聖者の意義をお説きになったのはなぜですか。
    ブッダは「この妙寂の教えを●一度でも聞いたら、あらゆる煩悩が消え去る」と説かれましたが、では、先に「ある人がガンジス河の沙の数に等しいほどの数のブッダに就いていてさとりを求めようという心をいくども起こしたが、ついに彼はこの妙寂の教えを聞いてもその意味が理解できなかった」と説かれたことはどういうことでしょう。このことが納得いかないと、私のすべての悩みは消えません』

  • 大乗
    一切が救われるとは ?  末法無戒ーー


    大乗涅槃経
         *あの、十地の菩薩も知らない教えだと ーー


    後は想像に任す

  • 最近は ポール牧教は やめたのか

      食いすぎるなよ

     わらい

  • 三q おまえは サンプルと教えたろ

    わらい

    同類に警告   わかったか   その意味では 尽くしなさい

    許す


  • 2017/08/14 16:27

    ほんとかなあ


    まるで外道のしぐさ

  • 昔、釈尊が霊山で説法されたとき、釈尊は何と思われてか花を聴衆の面前にスーと差し出されたかと思う間もなく、何も言われず下りられたのです。
     一方聴衆は、花一本を差し出されたまま下降されたのですから、狐にだまされたように口あんぐり。

    その聴衆の中に釈尊の高弟でもある迦葉尊者がおりまして、釈尊が花を拈しられ下降されるまでの一挙手一投足をジッと見ていましたが、睡る子が夢でも見ているように、ニッコリと微笑したのです。

    ここにおいて釈尊の法を嗣ぐ二祖摩訶迦葉の誕生となり今こうして私たちの手元に、釈尊直伝の佛法を頂いているのです。


    ここが どこからみても インチキ臭い

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