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  • シンプル原理考
    • 5,753
    • 2017/04/26 14:48
    いわゆる量子論的結論から物質は非物質の作用で人の五感で感じられる現象世界を【創造】しているということでしょうか
  • 必要のない人間と言われないために
    • 8
    • 2017/04/26 11:41
    哲学書を原書で読むな。 そんなことは「機械」でも出来るのだから。
  • 〝愛〟という〝意識〟と「憎しみ」という「反応」
    • 1
    • 2017/04/25 22:05
    その両者に因果関係があると思い込んでいる間抜け野郎にとって 人間とは「感覚機能を本質とする動物」であるらしい。(嘲笑) 「感覚機能を本質とする動物」である人間にとって「愛」とは 「良い感覚を与えてくれた対象に向けられる感謝」のような 姑息な感情の一種にすぎない。 そのようなものとして、「愛」と「憎しみ」は関係付けられて いるのである。
  • 同性愛者の結婚を法的に認めないというクソ憲法学者の言い分
    • 1
    • 2017/04/24 19:24
    がサッパリわからないwwwww こんなクソ野郎の意見聞いて楽しいか?wwwwwww そもそも、私秘的性質をもち国家権力の介入を排除するのが当然のかかる問題について なぜ「法体系への適合を諮る」必要があるのだ? そんなことも自分で決められないなら、その国は【毒国家】だろうが。 まるで、親の承認を得なければなんにもできない「バカ息子」「バカ娘」みたいで笑え るんだがwwwwwwwwwwww 法で決められたことが絶対だというなら、西暦2222年2月2日に生まれた子供は殺 されなければならないと分厚い書物かなんかに定められていれば、そのときに運悪く生 まれた子供は殺されるのが当然なのか?wwwwwwwwwwwwwwwwwwwww 私秘的限定的関係をすべて公の基準で判断すべきだというなら、治療に何億円もかかる 心臓病の子供を治していたらキリがないし国家財政が破綻するから、寄付とか募るのは 法的に規制しなければならない、とでも言いたいのか?wwwwwwwwwwwwww このクソ憲法学者の、なんでもかんでも法律を優先させるアホみたいな考え方の、いっ たいどこに魅力や面白味があって公共の電波で拡散されているのか、俺にはサッパリわ からないんだが・・・・・・
  • □ 限界の風景 □
    • 10,763
    • 2017/04/24 17:34
    あなたの限界はどんな風景ですかどうしようもなく 孤独でただ訳もなく 行き止まりで此の世の正義などこの境地には 何も役に立たない足元の暗さに 恐くて前に進めないだけど後ろから 何かが 急き立てる進むの?留まるの?消えるの?待つの?探しに行くの?ps.自分勝手な言葉を綴ると  他の人に迷惑になってしまうから  行き場が無い…という方  独り言でもいい  慰めて欲しいなら そう言って  独りで寂しいなら 声を待って  限界の風景へ ようこそ此処では あなたが あなたのままで...
  • 残る生き方――消える生き方……
    • 3
    • 2017/04/23 15:17
    残る生き方 = 人間と機械のあいだで活躍する「パイプ」 理由:技術革新が極限まで進んでも その極限まで「パイプ」は必要だから 消える生き方 = 機械そのものに付着する「歯車」 理由:技術革新によって「歯車」のない機械が出来るから
  • 地獄のような4月も半分を過ぎた
    • 3
    • 2017/04/23 13:18
    俺が10日間も投稿をしなくて何かあったんじゃねーかと期待してたバカはどいつだ?w あいにく俺は、この10日間で数千万の手数料収入を上げるため大忙しだったのだ。 俺みたいな天才でも仕事しかできない時期はあるのさwww 普段は、時給5万円だが、4月限定で(瞬間最大)時給はその10倍以上になる。 もうちょっと待ってろ。5月になったら、いくらでも相手してやるよ!wwwwwwww
  • 何事かを信じて詐欺にあった人間を〝危機意識〟がないと
    • 2
    • 2017/04/23 08:43
    批判する奴には、〝信じる〟という人間として最も大切とされている〝意識〟が 欠落している可能性がある。 信じていた者に裏切られ結果として詐欺にあったという事実から、〝危機意識〟 の有無に言及するという不気味な論理は、そもそも、工事現場の近くの道路を歩 いていて頭上から物が落ちてくるかもしれないという何の信念も関与していない 客観的条件に対する「危機予測」と、一定の状況の中で自分自身が何をすればよ いのかという生き方そのものに関わる〝信念〟に基づく〝危機意識〟との違いを 看過しているのだ。 なぜなら、他者を裁く道具としての「危機予測」とは異なり、〝危機意識〟には そういう用法はまったく無いからである。
  • △▼△天才フィジカくんのネコ語!《保護猫活動》相談室▼△▼
    • 5
    • 2017/04/18 18:11
    保護猫活動家というのは「一次保護者」のことニャ☆ 野良猫を直接保護する人たちのことで建設業界でいうゼネコンみたいなもんニャ☆ 資金力がハンパなく必要になるニャ★☆★ たいがい「二次保護者以下」に下請け(里親)に出すんだけど「三次」「四次」 「五次」・・・とかたらい回しにされると保護された猫もたまったもんじゃない と思うニャ・・・★★ だから保護猫活動家たる「一次保護者」は下請け(里親)を一切使わない(募集 しない)で完全自社施工(自分んちで全部面倒見る!)べきだと思うんだニャ!☆ pゝω・)ダヨネ
  • こんな思考形式をもつ奴は一生ヒャクショウでもやってろwwwww
    • 2
    • 2017/04/18 00:21
    手段にすぎない物事を指して、それかそれでないかの二択しか思い浮かばない。 こんな思考形式をもつ奴は一生ヒャクショウでもやってろ!!
  • 人間が造り上げた欲望の道具としてのペット動物を見て
    • 3
    • 2017/04/15 21:55
    カワイイ♪ 飼いたあ~~~い♪♪ とかホザいてるクソ人間は 所詮、動物でマスターベーションしてるだけだよな?www
  • △▼△天才フィジカくんのネコ語!《小さな善意》相談室▼△▼
    • 4
    • 2017/04/04 00:38
    小さな善意はゴミみたいなもんで「無責任」という悪臭を放つことがあるニャ★ でも ゴミだって大量に集めれば何かの役に立ったりすることもあるから侮れないニャ☆ =ёェё=)o ゴミハ シゼンノナカニ ステチャダメダヨ
  • 〝勇気ある撤退〟は「逃げる」こととどう違うのか?
    • 5
    • 2017/04/04 00:15
    客観的危機的状況に対して自らの力量を〝意識〟しつつ退くことを〝勇気ある撤退〟 と言う。 客観的危機的状況に対して自らの力量を〝意識〟せず一般的な考え方で退いてしま うことを「逃げる」と言う。
  • 「逃げないこと」が正しいのではなく
    • 3
    • 2017/04/03 19:16
    〝勇気ある(撤退でない)前進〟が正しいのだ。 「逃げないこと」は、自分を見失っている悲惨な状態でしかなく 客観的危機的状況への無残な生け贄でしかない。
  • 自分は正しいことをしているという〝意識〟はどこまでが本当に正しいのか?
    • 3
    • 2017/04/03 18:23
    主観的事実としての正しさという〝意識〟の仕方は全く正しい。 しかし、 客観的事実となった(なっている)ことを正しいと認識し、それに従わぬ者 それを批判する者を敵視する仕方は全く正しくない。
  • 自殺者の主観的意識を共有し自殺者とのコミュニケ-ションをはかるのは何のためか?
    • 5
    • 2017/03/25 22:37
    自殺者が遭遇した状況において自殺する選択をしないようおのれの主観性を鍛えるためである。 以上。
  • 自殺者の主観性を意識するにはどうすればいいのか?
    • 5
    • 2017/03/25 11:00
    自殺者が遭遇した状況を再現し経験し、ありのままに意識し続けることである。 以上。
  • 【自殺は社会現象なのか】電通問題批判としての試論
    • 18
    • 2017/03/25 09:45
    ある一人の女性が何らかの複合的要因によって自ら命を絶ったことにより、それは 「ハードワーク」「パワハラ」「企業モラル」等の社会問題を浮かび上がらせ果て は「福利厚生の向上」にまで言及するが如き様相を呈している。今まで(そういう 問題に)何の関係もなかった一般市民をもヒステリックなまでの社会変革の波に巻 き込もうとしているこの状況は、はたして正常と言えるのだろうか? 明らかにそこでは社会現象としての【自殺】が問われている。 こういう社会的状況が、何の罪もない将来に有り余るほどの夢を抱いていたであろ う彼女を自殺に追い込んだのだ。だから、そんなクソみたいな社会状況は変えたほ うがいい・・・・いや是非変えるべきなのだ。でないと、彼女が浮かばれないじゃ ないか・・・・・。という心理が一般的にはたらいているように思えるのだ。 しかし、この心理には何かが足りないのである。 たしかに彼女の書き残したものからは労働環境の恐ろしいほどの劣悪さは読み取れ るかもしれない。しかし(過酷な受験戦争に挑むように)その状況に必死に耐える 姿は想像できても、それが原因で死の道を選択したとは一言も書かれていない。 そもそも労働環境が「死」の原因になるということは、その環境自体が重大な物理 的危険性を孕み、なおかつそれが回避不能である場合に限られるはずだ。 そうであればこそ、その労働環境を改善することには意味があると言える。 私は思うのだが、【自殺】を社会現象として取り上げることは無意味なのではない だろうか? 当人が【自殺】の原因を特定出来ていない以上、状況証拠だけで客観的事実を固め るかのように〝主観的原因〟をデッチ上げることには、まったく共感できないから だ。
  • 他者の主観的事実を共有するのは何のためなのか?
    • 5
    • 2017/03/24 22:24
    人間の脳機能が「赤」という色の刺激を客観的物理的反応として受け取る次元を超えて それを〝赤〟として主観的に意識するのは何のためなのか? 単なる客観的物理的反応が個物の差異を際立たせるしかない作用であるのに対し、〝赤〟 という色の主観的意識は、われわれにある全体的な共有感覚を与えているように思える。 そして、主観的に共有した意識上の〝赤〟があってはじめて、われわれは互いに世界に 存在する様々な要素を用いて理解し合うことができるのである。 主観的意識は、われわれにコミュニケーションの道具をもたらすのだが、客観的反応は それが如何に早いものであろうと、それが如何に正確無比であろうと認識されたものへ の固執しか生まないのかもしれない。 つまり、われわれが他者の主観的事実を意識的に共有するのは、その他者と何らかのコ ミュニケーションをとるためであると考えられるのだ。客観的物理的な脳神経の反応に よってバラバラにされた世界を繋ぎ合わせるかのように、主観的意識がはたらいている のである。
  • 他人の主観的事実は本当に経験できないのか?
    • 7
    • 2017/03/24 00:27
    よく他人の思い(主観的事実)は、その人だけにしか経験しようがないことなので 他人がそれを代わって経験するということは絶対にできないと言われたりする。 これは本当のことなのだろうか?  そもそも、ここで言われている主観的事実とは、どのようなもののことを指してい るのか? あまりにも漠然としていて理解し難いのである。 たとえば、私が「痛い」と感じたその痛みを、誰かが感じることができないのは、 「主観的事実」についての言及なのだろうか? *筆者はこれを「個物に内在する客観的事実の相違」としか考えていない。 あるいは、私が「痛み」について考えるとき、その痛みをコントロールしようと する思いをもつことは「主観的事実」とは言えないのだろうか? *筆者は主観性がはたらくのは、こういった局面にしかないと考えている。 つまり、「痛み」それ自体は客観的手法によって分析可能な神経反応としての(他者 から断絶した(経験不可能な))認識なのであり、「痛み」への思いは主観性のはた らきがもたらすもので(他者と共有し(経験可能な))意識であるということなのだ。 これを敷衍するならば、「精神的ストレス」自体は客観的手法によって分析可能な神 経反応としての(他者から断絶した(経験不可能な))認識なのだが、「精神的スト レス」への思いは主観性のはたらきがもたらすもので(他者と共有し(経験可能な)) 意識として取り出せるのではないか、ということが言えそうなのである。 であるならば、今まで「主観的事実」として客観的議論の俎上に乗せようともしなか ったものが実は、「痛み」や「精神的ストレス」そのものへの客観的言及に過ぎない (筆者はこれを客観的呪術性へのアレルギー反応と呼んでいる)のであって、それら に対しての主観性が応じようとする涙ぐましく健気な、そして誰にも経験可能な事実 への言及がなおざりにされてきたことは、いったい何だったのだろうか?
  • 〝幸福〟と「快楽」
    • 1
    • 2017/03/23 18:04
    私は〝幸福〟である。 この命題は正しい。 あの人は〝幸福〟である。 この命題は誤っている。 社会的に認知されている多くの「幸福と看做される事実」でさえ実は「快楽」でしか ない場合がほとんどだ。 たとえば、自分の生き方を貫き目標に辿り着いた者が抱く思いは〝幸福〟だろうか? それを〝幸福〟なこととして、自分の生き方を貫き目標に辿り着くことを奨励すること は正しいのだろうか? あの人は「快楽」を感じている。  この命題は正しい。 私は「快楽」を感じている。 この命題は誤っている。 人間には「快楽」を認識する機能の他に〝幸福〟を意識するはたらきがある。 しかし、〝幸福〟をそれと意識することは非常に困難なので、多くの場合、誰もが 「快楽」の認識において倫理を語ろうとするのである。
  • クソ野郎にかぎって倫理観を特定の場所に限定したがる
    • 1
    • 2017/03/23 12:21
    そういう奴にかぎって口では良いことを言っておきながら、自分だけが 幸せになればいいとしか思っていないのだ。 考え方に「場所的限界」のあるクソ野郎の言うことを信じるな!!!(唾棄)
  • 倫理観念と理論的理性の基本概念
    • 2
    • 2017/03/23 12:15
    理論的理性は、直接的直観的に受け取る倫理観念を肯定する形式をとらねばならない。 そうでない理論的理性は「偽(ニセ)」であり倫理観念を隠蔽するだけとなる。 偽の理論的理性は、たとえばこういう形式をとる。 「私はこういうふうに生きたい」(倫理観念) 「しかし、社会的条件はそれを許さないだろう」(理論的理性) 「なので社会的条件に合致するような生き方のほうを選ぼう」(偽の理論的理性)
  • いらない猫をインターネットで簡単譲渡
    • 8
    • 2017/03/22 22:39
    こんなことが ふつうになっている世の中・・・・ いらない猫をインターネットで簡単譲渡 猫はたいした反抗もできないから  人間の子供のように 金属バットで襲いかかることもない それは けして 私秘的な輪の中で 愛情をもって猫たちと共存することではない 保護活動という名目の「猫の精神的虐殺」を手掛けている ほとんどが40以上のババアどもによる 過保護 過干渉 自分の夢のために猫を道具とする まるで  高度成長期に蔓延った【毒親】のようなことを 無抵抗な猫にしているだけだ 「猫の肉体的虐殺」から救うという大義名分で 今度は 「猫の精神的虐殺」がまかり通るということは まるで 「学童の学力不足」を補填するという大義名分で 今度は 「学童の心の荒廃」が進行するというメカニズムと同じだ ほとんどが40以上のババアどもによる 過保護 過干渉 自分の夢のために猫(子供)を道具とする 愚かの極みともいえる行為によって 今日も猫たちの精神的虐殺は インターネットを通じて粛々と 行われている こんなことが ふつうになっている世の中・・・・ いらない猫をインターネットで簡単譲渡 猫はたいした反抗もできないから  人間の子供のように 金属バットで襲いかかることもない                               Berial Alfred φ
  • ある保護猫活動団体の代表は俺にこう言いやがった
    • 8
    • 2017/03/22 17:45
    大阪市の某所にて 「あなたは、この子達の預り主にはなれないと思います。脱走防止のツールを完璧に 備えた部屋もお持ちでないし、猫を自由に住まわせればそれでいいとしか考えておら れないようですし」 「ちょっと待ってください。すべての保護主が必ずしも脱走防止を完璧にした牢屋み たいな部屋で育てて欲しいと考えているとは限らないわけですよね?」 「いいえ、猫の一時預かりを希望される保護主さんは自分の猫が脱走することなんか 望んでいません。もし脱走して帰ってこなかったら、どう責任を取るんですか?」 「あなたは、保護主がそれぞれ、どういう環境でその猫を育てているかの調査をして その上でそうおっしゃってますか?」 「・・・・というと?」 「いえね、自分の家で脱走のことなんか気にかけずに伸び伸びと育てていた猫が、 いきなり、あなたの推奨する牢屋みたいな部屋に入れられて大丈夫なのかと・・・ ふと思ったんですよ(笑)」 「そういう調査はしておりませんが、脱走されると我々の会の信用にかかわりますか らね(笑) 一時預かりは、会の名前でやることですから」 「ほお・・・あなたは保護猫活動を「会のために」やっておられるのですか?」 「タチの悪い皮肉ですね。お答えする気にもなりませんが」 「ねえ、お願いしますよ!! 私は保護猫たちのため保護主さんのために一時預かり をしたいんです!!」 「もう説明はさせていただきました。当会では、あなたの希望を受け入れることはで きません。お引取り下さい」 「あなたの勝手な基準で、こっちのおもいを踏み躙るわけですね・・・・」 「ご自分でセンター引き出しなどされて(猫を)保護してみたらどうですか?こちら にはこちちのやり方があるので」 「牢屋のような部屋に閉じ込める「やり方」ね(嘲笑)」 「そうですが、なにか?(冷笑)」 「このクソババア!!」 * 上記の会話は相当程度脚色されています。
  • 「心理」は「心状」の言い間違いでした
    • 1
    • 2017/03/19 11:40
    こういう心理が「排除」「殺し合い」「破滅」をもたらす こういう心理が〝共存〟〝助け合い〟〝繁栄〟をもたらす 上記のスレにおいて不注意にも「心理」というクソみたいな用語を使用してしまった ことを深くお詫びします。m(_ _)mスマン 「心理」とは、心の状態を物理的条件で理由付けるクソみたいな方法論のことであり 筆者が言わんとするところは、単に「心の状態」のみであったわけです。 なので、上記のスレの該当箇所を「心の状態」すなわち「心状」と訂正させていただ きます。 こういう心状が「排除」「殺し合い」「破滅」をもたらす こういう心状が〝共存〟〝助け合い〟〝繁栄〟をもたらす ということで、よろぴく。
  • こういう心理が〝共存〟〝助け合い〟〝繁栄〟をもたらす
    • 1
    • 2017/03/19 09:52
    相手が〝それでいい〟なら自分も〝それでいい〟と思う。 典型的な〝男性的思考〟というやつ。 たしかに〝男性的思考〟は全体主義的傾向をもつのかもしれない。しかし、全体主義も 他国に対して「排除」的に「女性的思考」で振舞うのでなければ、けして悪いわけでは ないのだ。 そういう意味で、アメリカ合衆国はレディーファーストの国だと言われているが、現状 「排除」的な「女性的思考」が優位な感じがしないでもないのである。
  • こういう心理が「排除」「殺し合い」「破滅」をもたらす
    • 1
    • 2017/03/19 09:23
    自分が「気に入らない」から相手なんか「どうでもいい」んだ。 典型的な「女性的思考」というやつ。
  • 心理物理量の研究~よもやまばなし
    • 510
    • 2017/03/19 07:52
    トピズレ歓迎です。自分の好きなテーマに沿って書いて頂いて構いません。(トピ主はネタに乏しいので)
  • まるで「作家」「出版社」「マスコミ」が一体となって偏執者を養成しているかのようなアニメ界
    • 1
    • 2017/03/18 12:36
    この構図は、「バカ親」「森友学園」「政府」が一体となって「国家の道具」となる 人材を養成しようとしていたことに酷似している。
  • 【アニメに執着する人間は犯罪者傾向をもつ】という厳粛な事実
    • 3
    • 2017/03/17 20:04
    アニメを見ることが犯罪に繋がるわけではない。そんなことは誰も言ってない。 「アニメに執着する見方が犯罪者傾向を助長する」のだ。 それは、「動物を虐待する人間が犯罪者傾向をもつ」のに似ている。 動物の命への共感性に乏しく、動物を、おのれの鬱屈した感情のはけ口にしようとする 者は、やがて人間の命に対してもそうすることになるだろうことは十分に予想できるの ではないだろうか。 それと同じように、アニメ作品への共感性に乏しく、アニメキャラを、おのれの鬱屈し た感情のはけ口にしている「変態的な人間」が存在しているのである。 そういう人間は、やがて周りの者たちに対しても、そういう対応をとることになるので はないだろうか。 犯罪者を増やさないためにアニメをなくせばいいという発想は、動物をなくせばいいと いう発想と同じく非現実的であり馬鹿げている。 問題は、「アニメに執着する人間は犯罪者傾向をもつ」という厳粛な事実に、どう向き合 うかだ。
  • 極右養成教育機関=学校法人「森友学園」
    • 15
    • 2017/03/17 09:08
    「お国のために死のうじゃないか」教育。 おまえが真っ先に死ねよ・・・
  • 日本のクソ教育機関で起こっている不思議な出来事
    • 2
    • 2017/03/16 23:44
    「大きな命」のために「小さな命」があるという「命の相対化傾向」を濃厚にもつ 日本の教育機関において、ある信じ難い事態が進行している。 それは、「学校のために勉強する」という教育奴隷のような学び方が常態化してい るということだ。 教育奴隷である生徒たちは、自分の能力を伸ばすとか自分にふさわしい生き方のた めに勉強するというのではなく、「学校(教師)のノルマを消化するために学ぶ」 ということを何も疑うことなく当然のように行っている。 そうしないと、学校(教師)の叱責が待っているからだ。 学校という「大きな命」のために生徒個人の「小さな命」は存在できるだけである。 それが当たり前なのだと、日本のほとんどの人間は信じているようなのだ。
  • 「命の相対化傾向」と全体主義的思想がもたらす「この世の地獄」
    • 3
    • 2017/03/16 23:05
    「大きな命」=「人間の命」の幸福のために、 「小さな命」=「のら猫の命」は犠牲になっても仕方ない。 という人間性の傾向は、 「大きな命」=「国家の(集合的)命」の幸福のために、 「小さな命」=「われわれ個人の命」は犠牲になっても仕方ない。 という全体主義的思想傾向に接続すると考えられる。 ここから、なし崩し的に、まさに雪だるま式に、小さい「命」が次々に失われていく この世の地獄がはじまるのだ・・・・・。
  • まともな政治をしたかったらクソ教育者と付き合うなwwwww
    • 2
    • 2017/03/15 17:15
    というか「政治」と「教育」を分離しろ、クソがwwwwwwwww 「政治」は大人のためのもの 「教育」は子供たちのためのもの わかるかね?wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
  • 政(宗)教分離と政教(育)分離が必要な理由
    • 2
    • 2017/03/14 19:09
    宗教観の薄弱な国において宗教が政治の道具になるとどういう悲惨な結果を生むか? 宗教に縋りつくような「メンタルの弱い人間」が相対的な政治目標にすぎないことを 絶対的に狂信し全体を巻き込んで破滅して逝く。(戦中の日本がそれ) 教育観の薄弱な国において教育が政治の道具になるとどういう悲惨な結果を生むか? 相対的な政治目標は、つねにトップ(一番)を志向する。そして教育もそれに引き摺 られるようにトップ(一番)を目指す。それが絶対的な教育であると狂信するクソ教 育者、バカ親によって一人ひとりの能力、個性を排除された憐れな子供たちは・・・ ただの「道具」として破滅して逝く。(戦後の日本がそれ) だからだよ。
  • <<唯物論的観念論と意識論はどこが違うのか>>
    • 6
    • 2017/03/13 22:16
    唯物論的観念論(いわゆる実存論)的見解は次のような論理構成を採用している。 「対象から受ける印象(観念)が人によって異なるのは、人によって身体構造および その作用に微妙な差異があるからだ。ところで、印象(観念)は思惟の要素であり思 惟的結果とはその要素が連合し(自分自身のために)最適化されたものである。 ゆえに、私の観念的思惟に基づく見解が私以外の者たちの見解と合致しないのは唯物 論的身体的事実として当然に保証されているにちがいないのである」 次に、意識論的見解は、こう説明される。 「私の印象(観念)が最適化されるのは「自分自身のため」であるというよりも「私 を含む一定範囲に及ぶ全体のため」にである。この「一定範囲に及ぶ全体」は、それ 自体がひとつなので当然に差異を含まない。つまり、私と(一定範囲に及ぶ)私以外 の者たちは「一定範囲に及ぶ全体」に普遍的に浸透するひとつの〝意識〟を共有する 関係にあり、ゆえにその各々の見解は完全に合致可能なのである」
  • ★☆★ボランティアは単独でやるべし★☆★
    • 1
    • 2017/03/12 21:31
    ★★単独男性募集 ★★私(40歳)中肉中背  彼女(28歳)*北川景子似 ★★大阪市内のシティホテルで平日昼間に会える方 ★★20歳~40歳くらいまででお願いします こんなの組織的にやったら犯罪だよなwwwww  だろ?
  • ■■■■□全国「クソ言語」収集閲覧室□■■■■
    • 79
    • 2017/03/12 21:09
    日本全国に無自覚に垂れ流されている「クソ言語」を集めてみました。 なお、ここに自分で収集した「クソ言語」を掲示される場合は必ず理由を記載して下さい。 正当な理由なく「クソ言語」をアップすることは禁止します。 スレ主が不適当と認めた「クソ言語」は、ただちに削除していただきます。 「クソ言語」の発表によって、その言語使用者にいかなる不利益が及ぼうともスレ主は一切 関知しません。すべて自己責任で行って下さい。 でわでわ。
  • 組織的概念が意味をもつのは「敵となる対象」が存在する場合だけである
    • 2
    • 2017/03/12 15:23
    「数は力なり」というわけだ。 ところで、被災者とか難民とか保護動物とか いつから「敵」になったんだい?wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
  • 組織的ボランティア活動が何故無意味なのか
    • 4
    • 2017/03/12 12:47
    災害地へのボランティア、難民へのボランティア、危機的状況にある動物たちへの ボランティア、そういった行為が「組織的」に行われるとき、ボランティアの暗黒面 ばかりが表に出てくるということには、それに関心があるないに関わらずほとんどの 者が気付いていないというクソみたいな現実がある。 結果、ボランティアをしようとする者、それを支援しようとする者の労力や財貨は、 すべて「組織の(クソみたいな)理念」と「組織の(クソみたいな)方法論」に費や されるだけで、ボランティアを受けなければならない当事者には届かないのだ。 それは、こういうことに象徴されている・・・・。 「現場が混乱するからボランティアに来て頂かなくても結構です。(お金の支援だけ は受け付けますけどw)」 と、組織代表が言った。 しかし、この場合の「現場の混乱」とは、困窮し今すぐにボランティアを必要とする 誰かが混乱しているのではなくて、組織の(クソみたいな)人間どもが混乱するとい う意味にすぎないのである。 危機的状況にあるのは被災者でも難民でも保護を必要とする動物たちでもない。組織 の(クソみたいな)奴等なんだとさwwwwww 俺は、組織的ボランティアという愚行から縁を切ることにした。 こいつらの危機的状況なんか、どーでもいいからだ。 クソして寝てろ、ヴォケが!! 〝単独でも助けられる者を出来る限り助ける〟 ボランティアとは、単独でやることにしか意味がない、そういう行為なのではないだ ろうか・・・・・?
  • 売られた喧嘩を買うのはただの馬鹿
    • 1
    • 2017/03/11 00:44
    売られた喧嘩に買う価値が無いことを見抜ける者は馬鹿ではない。 でも、自分も武器(喧嘩の道具)を持っていて価値が無いなんて言えるんだろうか? 武器を持ちながら買う価値がないなんて、豪華な毛皮のコートを着込んでいながら、 動物虐待行為には価値が無いって叫ぶようなものじゃないのかしら?(プッ)
  • この世界は自衛のための「殺し合い」なら当然と思うほど無神経なのか?
    • 4
    • 2017/03/10 16:12
    ふつう、そんな「殺し合い」してほしくなかったなぁ・・・でしょ。 じゃあ、しなくていい方法を考えろや、クソ科学者ども!!! 「殺し合い」の協力ばっかりしやがって、カスが・・・・
  • 侵略戦争のための兵器開発には協力しないが自衛闘争のためであれば協力するって?
    • 2
    • 2017/03/10 15:31
    たとえば、スラム街を歩かねばならないとき、(自衛のために)武器を持参する人間は 最初から「勝つことを想定している」のである。 殺し合いなんかしたくなければ、(自衛のために)武器なんか持つべきではない。 相手に必要なものを携帯していればいいだけだろう。 その相手が必要とするものを開発するために科学的学問を機能させるというのであれば 学問の自由は守られるだろうが、侵略戦争のためじゃないからいいんだという発想で 殺し合いの武器を研究するなら学問の自由は「ただの情念」に害されただけなのである。
  • 現代の教育制度が目指す「強く賢い人間」の育成は社会に何をもたらすのか?
    • 2
    • 2017/03/08 18:44
    これは、現代の教育制度を担うある教育者が語った言葉である。 「イジメは客観的な被害者を生むことから言えば、(お父様のおっしゃるとおり)まぎれ もなく「悪」ですね。しかし、(○○高校の事務局長補佐としての)私にはただの「悪」 として退けられることでもないように思えるのです。 なぜなら、すべての人間はイジメられる人間を見て自分はああいうふうになりたくない と思い「強く賢くなろうとする」でしょうから。 とすると、強く賢い人間が求められている現代において、イジメ行為は、本人の驕りや 怠慢や錯誤の結果生じる排除可能な「ただの悪」というわけではなく「必要悪」と呼び うるのではないでしょうか? つまり、イジメは、競争社会における必然的産物なのですね。なので、これを否定する ことは競争社会そのものを認めないということと同じ意味だとも考えられるのですよ。 信じ難いことだが、上記のようなことは、現代の教育制度を担う大多数のクソ教育者の 統一見解のようにも思えてしまう。 「強く賢い人間」を偏差値教育という手法で極限まで求めようとするこの社会は、はた して、どこへ向っているのだろうか・・・・・・・?
  • 「健康で文化的な最低限度の生活」なんかもともと無いんだってwwwww
    • 1
    • 2017/03/08 18:26
    有るのは、健康で文化的な最低限度の生活を望みながら生きる個人と、その間の関係を 調整しようとする社会制度だけである。 もし、健康で文化的な最低限度の生活の具体的基準が社会制度上決められていて、それ が何の望みもなく死んでいるかのように存在するだけの個人に適用されるというなら、 それはおまえらの勘違いだ。 勘違いなので、その制度は(いずれ)破綻する。 そもそも〝人権〟という主観的事実を客観的制度で「先に決めてしまおうとする」こと 自体がナンセンスなのだ。 これは、つまり、〝人権〟という主観的事実への無理解が 生んだ悲劇以外の何ものでもない。 要するに、憲法をつくった奴らなんて所詮は「権力者」であり〝人権〟という主観性か らは乖離した人間ばかりだったということなのだろう。  憲法の化けの皮が剥がれてしまった「証拠となる事態」だな、これは。wwwww
  • 【〝目には目を〟とはどういうことなのか】
    • 3
    • 2017/03/06 18:34
    「目には目を」「歯には歯を」という言明の意味するところが、単純な肉体的客観的暴力 を伴う「復讐」さらには脳神経の客観的作用を阻害するという意味での精神的暴力を伴う 「復讐」を無際限に認める趣旨のものではないことは、よく知られているところである。 では、この言明は「相手に目を傷付けられれば目以外のものを傷付けぬかぎり復讐して よい」という解釈で正解なのだろうか? あるいは、たいして意味は変わらないのだが「相手に目を傷付けられれば復讐するにして も相手の目以外のものを傷付けてはならない」ということなのだろうか? 実は、そのどれも、まったく根本的に違うのである。 嘆かわしいことに、人間の意識は、数千年の間このレベルで止まったままなのだ。(唖然) では、「目には目を」とは、いったい如何なることを、われわれ人間に告げていたのだろ うか?
  • 「善処します」というセリフが当てにならないのは何故か?
    • 1
    • 2017/03/05 00:00
    「善処」しなければならない行為主体となる者の脳内に蓄積された客観的事実だけが 行為主体にとって都合のいい状態になるように組み替えられるだけだからである。 この場合の「善処」が対象となる他者のためにされるわけではなく、行為主体の中だ けで完結しているのは明白だ。 この「善処」の状態は、他者の被害が無視できるほどにわずかな間、それに対する何 の共感もなしに継続するのだが、一定以上被害が拡大し深刻な事態が他者にもたらさ れたときはじめて、行為主体となる者の脳内に蓄積される客観的事実を自己目的的に 増やす意味で具体的な次の段階の「善処」がなされるのである。 このような欺瞞的行為は、主観的に最初の小さな被害の段階から他者との意識を共有 しなければ撲滅することは不可能なのだ。
  • 「頭が良過ぎる」か「頭が悪過ぎる」者に主観的意識の欠落が多いのは何故か
    • 3
    • 2017/03/04 16:44
    頭が良い、悪いということを客観的な偏差値教育の方法論によってのみ判断した場合 に標記のようなことが言えるのは何故か? 端的に言うならば、人間にとって客観性と主観性を身につけることは、あるレベルま では相互に排除する関係にないのだが、それを超える(あるいはそこまでに至らない) とき、その客観的事実が過剰になればなるほど両者の関係は反比例すると考えられる からである。 もちろん、客観的な(論理的)偏差値教育と客観的な(非論理的)偏差値教育では、 頭が良い、悪いの判断は逆になるであろう。したがって、(論理的)にも(非論理的) にも頭が良いとされる人間には、この主観的意識の欠落は2重のリスクを伴って発生 すると考えられるのだ。
  • 自殺者の主観性を意識した結果、自分はどうなるのか?
    • 4
    • 2017/03/03 23:22
    おそらく自殺した本当の理由を知ることとなり、それに対して客観的世界を変更して 対処することがいかに無駄であるか、自殺者の何も汲み取れていなかったことに気付 いて愕然とするだろう。 以上。
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