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  • シンプル原理考
    • 5,330
    • 2017/03/23 13:48
    いわゆる量子論的結論から物質は非物質の作用で人の五感で感じられる現象世界を【創造】しているということでしょうか
  • クソ野郎にかぎって倫理観を特定の場所に限定したがる
    • 1
    • 2017/03/23 12:21
    そういう奴にかぎって口では良いことを言っておきながら、自分だけが 幸せになればいいとしか思っていないのだ。 考え方に「場所的限界」のあるクソ野郎の言うことを信じるな!!!(唾棄)
  • 倫理観念と理論的理性の基本概念
    • 2
    • 2017/03/23 12:15
    理論的理性は、直接的直観的に受け取る倫理観念を肯定する形式をとらねばならない。 そうでない理論的理性は「偽(ニセ)」であり倫理観念を隠蔽するだけとなる。 偽の理論的理性は、たとえばこういう形式をとる。 「私はこういうふうに生きたい」(倫理観念) 「しかし、社会的条件はそれを許さないだろう」(理論的理性) 「なので社会的条件に合致するような生き方のほうを選ぼう」(偽の理論的理性)
  • いらない猫をインターネットで簡単譲渡
    • 8
    • 2017/03/22 22:39
    こんなことが ふつうになっている世の中・・・・ いらない猫をインターネットで簡単譲渡 猫はたいした反抗もできないから  人間の子供のように 金属バットで襲いかかることもない それは けして 私秘的な輪の中で 愛情をもって猫たちと共存することではない 保護活動という名目の「猫の精神的虐殺」を手掛けている ほとんどが40以上のババアどもによる 過保護 過干渉 自分の夢のために猫を道具とする まるで  高度成長期に蔓延った【毒親】のようなことを 無抵抗な猫にしているだけだ 「猫の肉体的虐殺」から救うという大義名分で 今度は 「猫の精神的虐殺」がまかり通るということは まるで 「学童の学力不足」を補填するという大義名分で 今度は 「学童の心の荒廃」が進行するというメカニズムと同じだ ほとんどが40以上のババアどもによる 過保護 過干渉 自分の夢のために猫(子供)を道具とする 愚かの極みともいえる行為によって 今日も猫たちの精神的虐殺は インターネットを通じて粛々と 行われている こんなことが ふつうになっている世の中・・・・ いらない猫をインターネットで簡単譲渡 猫はたいした反抗もできないから  人間の子供のように 金属バットで襲いかかることもない                               Berial Alfred φ
  • ある保護猫活動団体の代表は俺にこう言いやがった
    • 8
    • 2017/03/22 17:45
    大阪市の某所にて 「あなたは、この子達の預り主にはなれないと思います。脱走防止のツールを完璧に 備えた部屋もお持ちでないし、猫を自由に住まわせればそれでいいとしか考えておら れないようですし」 「ちょっと待ってください。すべての保護主が必ずしも脱走防止を完璧にした牢屋み たいな部屋で育てて欲しいと考えているとは限らないわけですよね?」 「いいえ、猫の一時預かりを希望される保護主さんは自分の猫が脱走することなんか 望んでいません。もし脱走して帰ってこなかったら、どう責任を取るんですか?」 「あなたは、保護主がそれぞれ、どういう環境でその猫を育てているかの調査をして その上でそうおっしゃってますか?」 「・・・・というと?」 「いえね、自分の家で脱走のことなんか気にかけずに伸び伸びと育てていた猫が、 いきなり、あなたの推奨する牢屋みたいな部屋に入れられて大丈夫なのかと・・・ ふと思ったんですよ(笑)」 「そういう調査はしておりませんが、脱走されると我々の会の信用にかかわりますか らね(笑) 一時預かりは、会の名前でやることですから」 「ほお・・・あなたは保護猫活動を「会のために」やっておられるのですか?」 「タチの悪い皮肉ですね。お答えする気にもなりませんが」 「ねえ、お願いしますよ!! 私は保護猫たちのため保護主さんのために一時預かり をしたいんです!!」 「もう説明はさせていただきました。当会では、あなたの希望を受け入れることはで きません。お引取り下さい」 「あなたの勝手な基準で、こっちのおもいを踏み躙るわけですね・・・・」 「ご自分でセンター引き出しなどされて(猫を)保護してみたらどうですか?こちら にはこちちのやり方があるので」 「牢屋のような部屋に閉じ込める「やり方」ね(嘲笑)」 「そうですが、なにか?(冷笑)」 「このクソババア!!」 * 上記の会話は相当程度脚色されています。
  • 「心理」は「心状」の言い間違いでした
    • 1
    • 2017/03/19 11:40
    こういう心理が「排除」「殺し合い」「破滅」をもたらす こういう心理が〝共存〟〝助け合い〟〝繁栄〟をもたらす 上記のスレにおいて不注意にも「心理」というクソみたいな用語を使用してしまった ことを深くお詫びします。m(_ _)mスマン 「心理」とは、心の状態を物理的条件で理由付けるクソみたいな方法論のことであり 筆者が言わんとするところは、単に「心の状態」のみであったわけです。 なので、上記のスレの該当箇所を「心の状態」すなわち「心状」と訂正させていただ きます。 こういう心状が「排除」「殺し合い」「破滅」をもたらす こういう心状が〝共存〟〝助け合い〟〝繁栄〟をもたらす ということで、よろぴく。
  • こういう心理が〝共存〟〝助け合い〟〝繁栄〟をもたらす
    • 1
    • 2017/03/19 09:52
    相手が〝それでいい〟なら自分も〝それでいい〟と思う。 典型的な〝男性的思考〟というやつ。 たしかに〝男性的思考〟は全体主義的傾向をもつのかもしれない。しかし、全体主義も 他国に対して「排除」的に「女性的思考」で振舞うのでなければ、けして悪いわけでは ないのだ。 そういう意味で、アメリカ合衆国はレディーファーストの国だと言われているが、現状 「排除」的な「女性的思考」が優位な感じがしないでもないのである。
  • こういう心理が「排除」「殺し合い」「破滅」をもたらす
    • 1
    • 2017/03/19 09:23
    自分が「気に入らない」から相手なんか「どうでもいい」んだ。 典型的な「女性的思考」というやつ。
  • 心理物理量の研究~よもやまばなし
    • 510
    • 2017/03/19 07:52
    トピズレ歓迎です。自分の好きなテーマに沿って書いて頂いて構いません。(トピ主はネタに乏しいので)
  • まるで「作家」「出版社」「マスコミ」が一体となって偏執者を養成しているかのようなアニメ界
    • 1
    • 2017/03/18 12:36
    この構図は、「バカ親」「森友学園」「政府」が一体となって「国家の道具」となる 人材を養成しようとしていたことに酷似している。
  • 【アニメに執着する人間は犯罪者傾向をもつ】という厳粛な事実
    • 3
    • 2017/03/17 20:04
    アニメを見ることが犯罪に繋がるわけではない。そんなことは誰も言ってない。 「アニメに執着する見方が犯罪者傾向を助長する」のだ。 それは、「動物を虐待する人間が犯罪者傾向をもつ」のに似ている。 動物の命への共感性に乏しく、動物を、おのれの鬱屈した感情のはけ口にしようとする 者は、やがて人間の命に対してもそうすることになるだろうことは十分に予想できるの ではないだろうか。 それと同じように、アニメ作品への共感性に乏しく、アニメキャラを、おのれの鬱屈し た感情のはけ口にしている「変態的な人間」が存在しているのである。 そういう人間は、やがて周りの者たちに対しても、そういう対応をとることになるので はないだろうか。 犯罪者を増やさないためにアニメをなくせばいいという発想は、動物をなくせばいいと いう発想と同じく非現実的であり馬鹿げている。 問題は、「アニメに執着する人間は犯罪者傾向をもつ」という厳粛な事実に、どう向き合 うかだ。
  • 極右養成教育機関=学校法人「森友学園」
    • 15
    • 2017/03/17 09:08
    「お国のために死のうじゃないか」教育。 おまえが真っ先に死ねよ・・・
  • 日本のクソ教育機関で起こっている不思議な出来事
    • 2
    • 2017/03/16 23:44
    「大きな命」のために「小さな命」があるという「命の相対化傾向」を濃厚にもつ 日本の教育機関において、ある信じ難い事態が進行している。 それは、「学校のために勉強する」という教育奴隷のような学び方が常態化してい るということだ。 教育奴隷である生徒たちは、自分の能力を伸ばすとか自分にふさわしい生き方のた めに勉強するというのではなく、「学校(教師)のノルマを消化するために学ぶ」 ということを何も疑うことなく当然のように行っている。 そうしないと、学校(教師)の叱責が待っているからだ。 学校という「大きな命」のために生徒個人の「小さな命」は存在できるだけである。 それが当たり前なのだと、日本のほとんどの人間は信じているようなのだ。
  • 「命の相対化傾向」と全体主義的思想がもたらす「この世の地獄」
    • 3
    • 2017/03/16 23:05
    「大きな命」=「人間の命」の幸福のために、 「小さな命」=「のら猫の命」は犠牲になっても仕方ない。 という人間性の傾向は、 「大きな命」=「国家の(集合的)命」の幸福のために、 「小さな命」=「われわれ個人の命」は犠牲になっても仕方ない。 という全体主義的思想傾向に接続すると考えられる。 ここから、なし崩し的に、まさに雪だるま式に、小さい「命」が次々に失われていく この世の地獄がはじまるのだ・・・・・。
  • まともな政治をしたかったらクソ教育者と付き合うなwwwww
    • 2
    • 2017/03/15 17:15
    というか「政治」と「教育」を分離しろ、クソがwwwwwwwww 「政治」は大人のためのもの 「教育」は子供たちのためのもの わかるかね?wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
  • 政(宗)教分離と政教(育)分離が必要な理由
    • 2
    • 2017/03/14 19:09
    宗教観の薄弱な国において宗教が政治の道具になるとどういう悲惨な結果を生むか? 宗教に縋りつくような「メンタルの弱い人間」が相対的な政治目標にすぎないことを 絶対的に狂信し全体を巻き込んで破滅して逝く。(戦中の日本がそれ) 教育観の薄弱な国において教育が政治の道具になるとどういう悲惨な結果を生むか? 相対的な政治目標は、つねにトップ(一番)を志向する。そして教育もそれに引き摺 られるようにトップ(一番)を目指す。それが絶対的な教育であると狂信するクソ教 育者、バカ親によって一人ひとりの能力、個性を排除された憐れな子供たちは・・・ ただの「道具」として破滅して逝く。(戦後の日本がそれ) だからだよ。
  • <<唯物論的観念論と意識論はどこが違うのか>>
    • 6
    • 2017/03/13 22:16
    唯物論的観念論(いわゆる実存論)的見解は次のような論理構成を採用している。 「対象から受ける印象(観念)が人によって異なるのは、人によって身体構造および その作用に微妙な差異があるからだ。ところで、印象(観念)は思惟の要素であり思 惟的結果とはその要素が連合し(自分自身のために)最適化されたものである。 ゆえに、私の観念的思惟に基づく見解が私以外の者たちの見解と合致しないのは唯物 論的身体的事実として当然に保証されているにちがいないのである」 次に、意識論的見解は、こう説明される。 「私の印象(観念)が最適化されるのは「自分自身のため」であるというよりも「私 を含む一定範囲に及ぶ全体のため」にである。この「一定範囲に及ぶ全体」は、それ 自体がひとつなので当然に差異を含まない。つまり、私と(一定範囲に及ぶ)私以外 の者たちは「一定範囲に及ぶ全体」に普遍的に浸透するひとつの〝意識〟を共有する 関係にあり、ゆえにその各々の見解は完全に合致可能なのである」
  • ★☆★ボランティアは単独でやるべし★☆★
    • 1
    • 2017/03/12 21:31
    ★★単独男性募集 ★★私(40歳)中肉中背  彼女(28歳)*北川景子似 ★★大阪市内のシティホテルで平日昼間に会える方 ★★20歳~40歳くらいまででお願いします こんなの組織的にやったら犯罪だよなwwwww  だろ?
  • ■■■■□全国「クソ言語」収集閲覧室□■■■■
    • 79
    • 2017/03/12 21:09
    日本全国に無自覚に垂れ流されている「クソ言語」を集めてみました。 なお、ここに自分で収集した「クソ言語」を掲示される場合は必ず理由を記載して下さい。 正当な理由なく「クソ言語」をアップすることは禁止します。 スレ主が不適当と認めた「クソ言語」は、ただちに削除していただきます。 「クソ言語」の発表によって、その言語使用者にいかなる不利益が及ぼうともスレ主は一切 関知しません。すべて自己責任で行って下さい。 でわでわ。
  • 組織的概念が意味をもつのは「敵となる対象」が存在する場合だけである
    • 2
    • 2017/03/12 15:23
    「数は力なり」というわけだ。 ところで、被災者とか難民とか保護動物とか いつから「敵」になったんだい?wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
  • 組織的ボランティア活動が何故無意味なのか
    • 4
    • 2017/03/12 12:47
    災害地へのボランティア、難民へのボランティア、危機的状況にある動物たちへの ボランティア、そういった行為が「組織的」に行われるとき、ボランティアの暗黒面 ばかりが表に出てくるということには、それに関心があるないに関わらずほとんどの 者が気付いていないというクソみたいな現実がある。 結果、ボランティアをしようとする者、それを支援しようとする者の労力や財貨は、 すべて「組織の(クソみたいな)理念」と「組織の(クソみたいな)方法論」に費や されるだけで、ボランティアを受けなければならない当事者には届かないのだ。 それは、こういうことに象徴されている・・・・。 「現場が混乱するからボランティアに来て頂かなくても結構です。(お金の支援だけ は受け付けますけどw)」 と、組織代表が言った。 しかし、この場合の「現場の混乱」とは、困窮し今すぐにボランティアを必要とする 誰かが混乱しているのではなくて、組織の(クソみたいな)人間どもが混乱するとい う意味にすぎないのである。 危機的状況にあるのは被災者でも難民でも保護を必要とする動物たちでもない。組織 の(クソみたいな)奴等なんだとさwwwwww 俺は、組織的ボランティアという愚行から縁を切ることにした。 こいつらの危機的状況なんか、どーでもいいからだ。 クソして寝てろ、ヴォケが!! 〝単独でも助けられる者を出来る限り助ける〟 ボランティアとは、単独でやることにしか意味がない、そういう行為なのではないだ ろうか・・・・・?
  • 売られた喧嘩を買うのはただの馬鹿
    • 1
    • 2017/03/11 00:44
    売られた喧嘩に買う価値が無いことを見抜ける者は馬鹿ではない。 でも、自分も武器(喧嘩の道具)を持っていて価値が無いなんて言えるんだろうか? 武器を持ちながら買う価値がないなんて、豪華な毛皮のコートを着込んでいながら、 動物虐待行為には価値が無いって叫ぶようなものじゃないのかしら?(プッ)
  • この世界は自衛のための「殺し合い」なら当然と思うほど無神経なのか?
    • 4
    • 2017/03/10 16:12
    ふつう、そんな「殺し合い」してほしくなかったなぁ・・・でしょ。 じゃあ、しなくていい方法を考えろや、クソ科学者ども!!! 「殺し合い」の協力ばっかりしやがって、カスが・・・・
  • 侵略戦争のための兵器開発には協力しないが自衛闘争のためであれば協力するって?
    • 2
    • 2017/03/10 15:31
    たとえば、スラム街を歩かねばならないとき、(自衛のために)武器を持参する人間は 最初から「勝つことを想定している」のである。 殺し合いなんかしたくなければ、(自衛のために)武器なんか持つべきではない。 相手に必要なものを携帯していればいいだけだろう。 その相手が必要とするものを開発するために科学的学問を機能させるというのであれば 学問の自由は守られるだろうが、侵略戦争のためじゃないからいいんだという発想で 殺し合いの武器を研究するなら学問の自由は「ただの情念」に害されただけなのである。
  • 現代の教育制度が目指す「強く賢い人間」の育成は社会に何をもたらすのか?
    • 2
    • 2017/03/08 18:44
    これは、現代の教育制度を担うある教育者が語った言葉である。 「イジメは客観的な被害者を生むことから言えば、(お父様のおっしゃるとおり)まぎれ もなく「悪」ですね。しかし、(○○高校の事務局長補佐としての)私にはただの「悪」 として退けられることでもないように思えるのです。 なぜなら、すべての人間はイジメられる人間を見て自分はああいうふうになりたくない と思い「強く賢くなろうとする」でしょうから。 とすると、強く賢い人間が求められている現代において、イジメ行為は、本人の驕りや 怠慢や錯誤の結果生じる排除可能な「ただの悪」というわけではなく「必要悪」と呼び うるのではないでしょうか? つまり、イジメは、競争社会における必然的産物なのですね。なので、これを否定する ことは競争社会そのものを認めないということと同じ意味だとも考えられるのですよ。 信じ難いことだが、上記のようなことは、現代の教育制度を担う大多数のクソ教育者の 統一見解のようにも思えてしまう。 「強く賢い人間」を偏差値教育という手法で極限まで求めようとするこの社会は、はた して、どこへ向っているのだろうか・・・・・・・?
  • 「健康で文化的な最低限度の生活」なんかもともと無いんだってwwwww
    • 1
    • 2017/03/08 18:26
    有るのは、健康で文化的な最低限度の生活を望みながら生きる個人と、その間の関係を 調整しようとする社会制度だけである。 もし、健康で文化的な最低限度の生活の具体的基準が社会制度上決められていて、それ が何の望みもなく死んでいるかのように存在するだけの個人に適用されるというなら、 それはおまえらの勘違いだ。 勘違いなので、その制度は(いずれ)破綻する。 そもそも〝人権〟という主観的事実を客観的制度で「先に決めてしまおうとする」こと 自体がナンセンスなのだ。 これは、つまり、〝人権〟という主観的事実への無理解が 生んだ悲劇以外の何ものでもない。 要するに、憲法をつくった奴らなんて所詮は「権力者」であり〝人権〟という主観性か らは乖離した人間ばかりだったということなのだろう。  憲法の化けの皮が剥がれてしまった「証拠となる事態」だな、これは。wwwww
  • 【〝目には目を〟とはどういうことなのか】
    • 3
    • 2017/03/06 18:34
    「目には目を」「歯には歯を」という言明の意味するところが、単純な肉体的客観的暴力 を伴う「復讐」さらには脳神経の客観的作用を阻害するという意味での精神的暴力を伴う 「復讐」を無際限に認める趣旨のものではないことは、よく知られているところである。 では、この言明は「相手に目を傷付けられれば目以外のものを傷付けぬかぎり復讐して よい」という解釈で正解なのだろうか? あるいは、たいして意味は変わらないのだが「相手に目を傷付けられれば復讐するにして も相手の目以外のものを傷付けてはならない」ということなのだろうか? 実は、そのどれも、まったく根本的に違うのである。 嘆かわしいことに、人間の意識は、数千年の間このレベルで止まったままなのだ。(唖然) では、「目には目を」とは、いったい如何なることを、われわれ人間に告げていたのだろ うか?
  • 「善処します」というセリフが当てにならないのは何故か?
    • 1
    • 2017/03/05 00:00
    「善処」しなければならない行為主体となる者の脳内に蓄積された客観的事実だけが 行為主体にとって都合のいい状態になるように組み替えられるだけだからである。 この場合の「善処」が対象となる他者のためにされるわけではなく、行為主体の中だ けで完結しているのは明白だ。 この「善処」の状態は、他者の被害が無視できるほどにわずかな間、それに対する何 の共感もなしに継続するのだが、一定以上被害が拡大し深刻な事態が他者にもたらさ れたときはじめて、行為主体となる者の脳内に蓄積される客観的事実を自己目的的に 増やす意味で具体的な次の段階の「善処」がなされるのである。 このような欺瞞的行為は、主観的に最初の小さな被害の段階から他者との意識を共有 しなければ撲滅することは不可能なのだ。
  • 「頭が良過ぎる」か「頭が悪過ぎる」者に主観的意識の欠落が多いのは何故か
    • 3
    • 2017/03/04 16:44
    頭が良い、悪いということを客観的な偏差値教育の方法論によってのみ判断した場合 に標記のようなことが言えるのは何故か? 端的に言うならば、人間にとって客観性と主観性を身につけることは、あるレベルま では相互に排除する関係にないのだが、それを超える(あるいはそこまでに至らない) とき、その客観的事実が過剰になればなるほど両者の関係は反比例すると考えられる からである。 もちろん、客観的な(論理的)偏差値教育と客観的な(非論理的)偏差値教育では、 頭が良い、悪いの判断は逆になるであろう。したがって、(論理的)にも(非論理的) にも頭が良いとされる人間には、この主観的意識の欠落は2重のリスクを伴って発生 すると考えられるのだ。
  • 自殺者の主観性を意識した結果、自分はどうなるのか?
    • 4
    • 2017/03/03 23:22
    おそらく自殺した本当の理由を知ることとなり、それに対して客観的世界を変更して 対処することがいかに無駄であるか、自殺者の何も汲み取れていなかったことに気付 いて愕然とするだろう。 以上。
  • 【主観的意識を検証する悪魔的な設問】
    • 2
    • 2017/03/03 22:59
    ハンティングを趣味とするA氏から、彼の大邸宅でホームパーティーをするという招待状 を受けたB氏とC氏。 二人は連れ立って軽井沢にある英国風の古めかしいA氏の別邸を 訪れた。 重厚な造りの玄関の扉を開けた執事が、二人を中に入れる。まるでバイオハザードのオー プニングのような薄暗く荘厳な室内の壁には、数多くの動物たちの剥製の首が掛けられて いた・・・・。 A氏が趣味のハンティングで仕留めた獲物は多岐にわたり、グリズリーやライオンのよう な巨大で凶暴そうなものから、小鹿や小型の猫科の動物のようなものまでが陳列されている。 それらを眺めていたB氏が、突然、息を呑んで立ち竦んだ。 「お・・・おい・・・これはなんだ・・・・?」 そこには、猫科の動物の首の横にA氏の「血を滴らせた生首」が掛かっていたのである。 「・・・・・」 C氏は、なんの感動もないような目で、それを仰ぎ見ている。 さて、この場合、脳神経が客観的自動化の反応を示したに過ぎない者は誰で、主観的意識 により、この状況に向き合っている者は誰なのだろう? その理由を簡潔に述べよ。
  • 自殺者の主観的意識を共有し自殺者とのコミュニケ-ションをはかるのは何のためか?
    • 3
    • 2017/03/02 16:57
    自殺者が遭遇した状況において自殺する選択をしないようおのれの主観性を鍛えるためである。 以上。
  • 自殺者の主観性を意識するにはどうすればいいのか?
    • 3
    • 2017/03/02 16:54
    自殺者が遭遇した状況を再現し経験し、ありのままに意識し続けることである。 以上。
  • 他者の主観的事実を共有するのは何のためなのか?
    • 3
    • 2017/03/02 16:45
    人間の脳機能が「赤」という色の刺激を客観的物理的反応として受け取る次元を超えて それを〝赤〟として主観的に意識するのは何のためなのか? 単なる客観的物理的反応が個物の差異を際立たせるしかない作用であるのに対し、〝赤〟 という色の主観的意識は、われわれにある全体的な共有感覚を与えているように思える。 そして、主観的に共有した意識上の〝赤〟があってはじめて、われわれは互いに世界に 存在する様々な要素を用いて理解し合うことができるのである。 主観的意識は、われわれにコミュニケーションの道具をもたらすのだが、客観的反応は それが如何に早いものであろうと、それが如何に正確無比であろうと認識されたものへ の固執しか生まないのかもしれない。 つまり、われわれが他者の主観的事実を意識的に共有するのは、その他者と何らかのコ ミュニケーションをとるためであると考えられるのだ。客観的物理的な脳神経の反応に よってバラバラにされた世界を繋ぎ合わせるかのように、主観的意識がはたらいている のである。
  • 他人の主観的事実は本当に経験できないのか?
    • 5
    • 2017/03/02 16:32
    よく他人の思い(主観的事実)は、その人だけにしか経験しようがないことなので 他人がそれを代わって経験するということは絶対にできないと言われたりする。 これは本当のことなのだろうか?  そもそも、ここで言われている主観的事実とは、どのようなもののことを指してい るのか? あまりにも漠然としていて理解し難いのである。 たとえば、私が「痛い」と感じたその痛みを、誰かが感じることができないのは、 「主観的事実」についての言及なのだろうか? *筆者はこれを「個物に内在する客観的事実の相違」としか考えていない。 あるいは、私が「痛み」について考えるとき、その痛みをコントロールしようと する思いをもつことは「主観的事実」とは言えないのだろうか? *筆者は主観性がはたらくのは、こういった局面にしかないと考えている。 つまり、「痛み」それ自体は客観的手法によって分析可能な神経反応としての(他者 から断絶した(経験不可能な))認識なのであり、「痛み」への思いは主観性のはた らきがもたらすもので(他者と共有し(経験可能な))意識であるということなのだ。 これを敷衍するならば、「精神的ストレス」自体は客観的手法によって分析可能な神 経反応としての(他者から断絶した(経験不可能な))認識なのだが、「精神的スト レス」への思いは主観性のはたらきがもたらすもので(他者と共有し(経験可能な)) 意識として取り出せるのではないか、ということが言えそうなのである。 であるならば、今まで「主観的事実」として客観的議論の俎上に乗せようともしなか ったものが実は、「痛み」や「精神的ストレス」そのものへの客観的言及に過ぎない (筆者はこれを客観的呪術性へのアレルギー反応と呼んでいる)のであって、それら に対しての主観性が応じようとする涙ぐましく健気な、そして誰にも経験可能な事実 への言及がなおざりにされてきたことは、いったい何だったのだろうか?
  • ある種の無駄な議論
    • 8
    • 2017/03/01 14:06
    ディスカッションの場面で、これは無駄な議論だなと感じてしまうときがある。 それは、そのディスカッションを構成する集合が何らかの行為主体であるとき、その行為をめぐる 適否、妥当性について論じようとする場合だ。 そういう議論は決まって行為主体の中で閉じて終了してしまう。 そして、その独善的結論が行為主体の「指針」や「規範」に化けてしまうのだ。 なので、そういう場面に外部の識者を呼んだりするのだが、残念ながら、これもあまり意味がない ことのほうが多い。 というのは、その識者自身に行為主体へのバイアスがどの程度かかっているのか不明だからである。 行為主体への適切な〝配慮〟と、その閉じた議論に同調するのが「道徳的だ」と思うことの違いも わからない間抜けな識者すらいるのだから。
  • 【自殺は社会現象なのか】電通問題批判としての試論
    • 7
    • 2017/03/01 00:04
    ある一人の女性が何らかの複合的要因によって自ら命を絶ったことにより、それは 「ハードワーク」「パワハラ」「企業モラル」等の社会問題を浮かび上がらせ果て は「福利厚生の向上」にまで言及するが如き様相を呈している。今まで(そういう 問題に)何の関係もなかった一般市民をもヒステリックなまでの社会変革の波に巻 き込もうとしているこの状況は、はたして正常と言えるのだろうか? 明らかにそこでは社会現象としての【自殺】が問われている。 こういう社会的状況が、何の罪もない将来に有り余るほどの夢を抱いていたであろ う彼女を自殺に追い込んだのだ。だから、そんなクソみたいな社会状況は変えたほ うがいい・・・・いや是非変えるべきなのだ。でないと、彼女が浮かばれないじゃ ないか・・・・・。という心理が一般的にはたらいているように思えるのだ。 しかし、この心理には何かが足りないのである。 たしかに彼女の書き残したものからは労働環境の恐ろしいほどの劣悪さは読み取れ るかもしれない。しかし(過酷な受験戦争に挑むように)その状況に必死に耐える 姿は想像できても、それが原因で死の道を選択したとは一言も書かれていない。 そもそも労働環境が「死」の原因になるということは、その環境自体が重大な物理 的危険性を孕み、なおかつそれが回避不能である場合に限られるはずだ。 そうであればこそ、その労働環境を改善することには意味があると言える。 私は思うのだが、【自殺】を社会現象として取り上げることは無意味なのではない だろうか? 当人が【自殺】の原因を特定出来ていない以上、状況証拠だけで客観的事実を固め るかのように〝主観的原因〟をデッチ上げることには、まったく共感できないから だ。
  • そもそも「学校」ってさ
    • 2
    • 2017/02/26 00:38
    なんでどこの馬の骨かもわかんねー(何してるかもわかんねー)奴が決めたとおりに 単位取らないとダメーみたいなことになってるわけ? 目標決めて勉強すんの自分だろ? こっからここまではコレやって次はコレ、ほんで コレはちゃっとおいといて、こっちを先にとか、なんでそんなとこまで、どこの馬の 骨かもわかんねー(何してるかもわかんねー)奴の言いなりになって段取りも何もか も決められてるわけ? いい年こいてさ(嘲笑) バカジャネーノ?
  • 日本の人権派弁護士に望むのはクソ少年犯罪者どもの擁護ではなく
    • 8
    • 2017/02/25 22:08
    保護猫活動だ!! 猫を虐待するようなクソ少年犯罪者を「法」を駆使して弁護するヒマがあったら そういうクソどもに危害を加えられている猫たち、そして猫たちに愛情をもつ多くの 人間の心(人権)までもが傷付けられているということに目を向けろ!!!! アホか、人権派弁護士!!!!! おまえらのどこに、「人権」があるんだよ?wwwwwwwww むしろ人間の心を、人権を疎外する「法」を振り回してるだけじゃねーか、ヴォケが!!!
  • ☆保護猫たちが〝意識〟の最後の謎を解いてくれる☆
    • 2
    • 2017/02/25 10:02
    こんな不思議な出来事があった。 東日本大震災と未曾有の原発事故によってフクシマが壊滅した直後のこと、我が家へ 妻の友人が保護したという1匹の子猫が、もらわれてくることになった。 その頃、自分は仕事上の深刻なスランプに陥っていて、失踪することも頭にチラつく ような状態だったのだ。 ある日、なにもやる気が起きず布団の中に潜り込んでいたとき・・・・その子猫が 私の布団の中に入ってきて、そのまま添い寝してくれたのである。 それはごく稀な行動で、この6年近くの間でも他に記憶がない出来事だった。 傷付いた心に寄り添うというのは、こういうことなのだろうか・・・・TT 自分は、そのとき、何か湧き立つようなおもいとともに、この健気なトラネコの子を 守ってやれるのは自分だという〝意識〟をたしかにもっていたはずだ。 その〝意識〟が自分自身に力を与えているようだったのを、はっきりと覚えている。 これは単純な猫に対する感覚的反応ではないし、また、そこから生じる猫への判断や 決定の類でもなかった。 もし、あのとき、一匹の保護猫が自分に添い寝してくれていなかったら、一人きりで 考え込んでいた自分は、今この世に居ないのかもしれない・・・・。 彼(彼女)らには、人間の傷付いた心がわかるのだろうか・・・いや、わかるのだ! その奥深い〝意識〟の交流によって、はじめて人間は本当の癒しと救いを得るのかも しれないのである。
  • □ 限界の風景 □
    • 10,758
    • 2017/02/25 04:46
    あなたの限界はどんな風景ですかどうしようもなく 孤独でただ訳もなく 行き止まりで此の世の正義などこの境地には 何も役に立たない足元の暗さに 恐くて前に進めないだけど後ろから 何かが 急き立てる進むの?留まるの?消えるの?待つの?探しに行くの?ps.自分勝手な言葉を綴ると  他の人に迷惑になってしまうから  行き場が無い…という方  独り言でもいい  慰めて欲しいなら そう言って  独りで寂しいなら 声を待って  限界の風景へ ようこそ此処では あなたが あなたのままで...
  • 高学歴で頭のいいバカは組織のトップに不適格である
    • 3
    • 2017/02/24 16:33
    高学歴で頭のいいバカというのは、基本的に(一定の記号に対する)感覚的反応が 過剰になっていて感覚対象をすべて自分自身の(エゴの)中に取り込むようにしか 機能しないクソだ。 われわれが組織のトップに望むのは、そのトップの気持ち悪いエゴに取り込まれる ことだろうか? われわれは、そんなにもマゾヒスティックな変態なのだろうか? 組織のトップに必要な能力とは、言語感覚の異常な鋭さでも、数的感覚の並外れた 把握力でもない。 それは、ただ組織に属する数多くの対象を、おのれのエゴの中に取り込むことなく 共に〝意識〟し続けることなのだ。
  • 【【【ほんとうの保護猫活動はボランティアではない】】】
    • 5
    • 2017/02/24 16:30
    ボランティア(volunteer)の語源は、ある種の凶悪な理念のもとに戦争という 殺し合いを志願することであったと言われている。その行為は、純粋な〝利他性〟 や〝奉仕性〟を指し示すというよりも、ドロドロとした「利己性」にバイアスが かかっていると言わざるを得ないのである。 貧困家庭の子供の学業を「ボランティア」で助けているという者たち。 これは、まさにボランティアと呼べる行為である。 なぜなら、「教科書的な学業が子供の将来の役に立つ」という信念(エゴ)が その根拠にあるからだ。 難民となった人々を「ボランティア」で助けているという者たち。 これは、まさにボランティアと呼べる行為である。 なぜなら、「難民を出す国家体制を憎悪する」という信念(エゴ)がその根拠に あるからだ。 見捨てられた野良猫たちを「ボランティア」で助けているという者たち。 これは、まさにボランティアと呼べる行為である。 なぜなら、「見捨てられるような命なら無いほうがいい」という信念(エゴ)が その根拠にあるからだ。 しかし、ほんとうの保護猫活動はボランティアではない。 なぜなら、〝けして、その命を見捨てない〟という純粋で強烈な〝意識〟こそが その活動のすべてだからである。
  • 高学歴の頭のいいバカほどディスカッションやディベートをしたがる
    • 2
    • 2017/02/24 13:12
    そして論破することで快感を得ようとするwwwww まるで猿のように。
  • 感覚的反応だけが異様に進化した高学歴の頭のいいバカほど・・・・
    • 4
    • 2017/02/24 13:01
    感覚対象を行為主体の中に取り込んでいることの自己破滅的意味に気付いていない。
  • クソバカ人間がやっている保護猫活動の破滅的近未来シミュレーション
    • 2
    • 2017/02/23 20:25
    まず、クソバカ人間には「人間社会」と「野良猫」しか見えていない。 当然、「人間社会」の中で「野良猫」をどう飼育すべきかという方法論しか思い浮かば ない。 その方法論の産出は、高学歴者特有の思考トレーニング(要するに脳機能に高級なエン ジンオイルを注入してるというぐらいのこと)でバリエーション豊富ではある。 しかし、どれもクソバカなやり方には違いがない。 たとえば、あるクソバカ保護猫活動家によって、莫大な税金を投入して「ネコドーム」 という東京ドーム100個分ぐらいの監視システムを構築する方法が唱えられたとする。 しかし、「人間社会」の中でそういう合意を生み出すことは困難である。 なぜなら、 「人間社会」のルールでは、この世界で人間の幸福が阻害されるあらゆる現象は「悪」 と看做されるからだ。東京ドーム100個分ぐらいの監視システムを構築する金とモノ と労力があれば、もっと人間の幸福を増進できるだろうというわけなのだ。 上記の案が、「人間社会」と「野良猫」しか見えていないクソバカ人間どもによって否定 されるのは明らかだった。 そして、次に提唱されるクソバカ保護猫活動家の案が恐るべきことに採択されることに なるのだ。それは「野良猫」をすべて完全な生命体で保護するのは「人間社会」の中で は無理なので「情報」として保護しようというものである。 「野良猫」たちは、そのDNA情報だけが、流氷が来る凍てついた北限の地に埋設された コンクリートシェルターの4畳半ほどのスペースに、ひっそりと保管されることになっ てしまったのだ・・・・TT クソバカ人間には「人間社会」と「野良猫」しか見えていない・・・・・。 これが、近未来に待っている「野良猫」たちの、そして野良猫たちを愛してやまない われわれにもたらされるであろう呪わしくも許し難い悲劇のシミュレーションである。
  • 憎しみに駆られた愚行がすべてを台無しにする
    • 4
    • 2017/02/23 04:32
    という構図は、シリアみたいな国でも日本でも同じだな。 野良猫たちにとっての日本は、まさにシリアだよ。  命への愛情や人権意識が掻き消され、憎しみの法が蔓延っている・・・・・。 この国の「難(猫)民」を救い、この愚かな事態に終止符を打てれば、もしかしたら 中東問題も解決するんじゃねーか?wwwww
  • 【保護猫インターネット取り引きに関する〝人権〟と「法的権利」の問題点】
    • 6
    • 2017/02/22 00:38
    インターネットを通じて、あたかも「商品」のように取り引きされる保護猫たちがいる。 それは〝里親探し〟という名目でなされる「購入者探し」である。 なぜなら、その取り引きには一定の条件が付けられていて、その条件をクリアできなけ れば取り引き不成立になるということなのだ。たしかに「法的権利」によって何らかの 取り引きが法的に遂行されるとき、その法的基準を満たさない者は取り引き関係から排 除されるのは仕方ないことだろう。それは一定のルールの中で行われるゲームのような ものであり、そこに異議を唱えることは無意味である。 しかし、「法的権利」が実行される取り引き対象は、法的価値しか付与されぬ商品に限 られるべきであろう。何人も、法的価値を超越した〝命そのもの〟を法的取り引きの範 疇に置いてはならないのである。 保護猫とは、「法的権利」の実行が許される取り引き対象なのか? 断じて違う!!!
  • 小保方氏の問題でNHKがBPOから人権侵害認定wwwwww
    • 10
    • 2017/02/19 10:41
    >理化学研究所の小保方晴子元研究員らによるSTAP細胞の論文不正問題を特集した「NHKスペシャル」に ついて、放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送人権委員会は2017年2月10日、「名誉棄損の人権侵害が 認められる」として再発防止に努めるようNHKに勧告した。2017年02月10日 19時30分J-CASTニュース しかし、巨大組織は何をやってもクソタレントみたいに干されないからいいよなwwwww さすがに虐殺でも仕出かしたら別だろうけど(え?もうやってるって?)w
  • △▼△天才フィジカくんのネコ語!《癒し》相談室▼△▼
    • 2
    • 2017/02/18 10:22
    人間語の「癒し」・・・・・感覚的刺激に対する脳神経の反応に還元される一定の状態★ ネコ語の〝癒し〟・・・・・さてなんだろニャ? =^・^=) ミンナモ カンガエテミテ☆
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