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  • 「言語」や「感情」や「身体」を解体しても何も生まれない
    • 3
    • 2017/05/22 23:02
    「言語」や「感情」や「身体」を解体しても新たなものは何も生まれない しかし、その逆のことは起こり得る。 東大レベルのアタマではわからんよねwww 少なくともハーバード以上じゃないとwwwww
  • シンプル原理考
    • 5,950
    • 2017/05/22 07:33
    いわゆる量子論的結論から物質は非物質の作用で人の五感で感じられる現象世界を【創造】しているということでしょうか
  • 最後の里親
    • 2
    • 2017/05/21 21:57
    ふつうの里親が敬遠するような 見た目が悪く  性格もイマイチで  病気持ちであったりする  そんな子を あえて保護しようと名乗りでる そんな里親になりたいという〝おもい〟がある 最後の里親に オレは なってやる!!
  • 〝絶対〟と「相対」の概念の真実
    • 5
    • 2017/05/20 20:21
    この単純にして最強の、人間の能力においては解釈不能とも思われてきた二つの概念に ついて、哲学的方法論、心理学的方法論、あるいは物理学的方法論などをすべて超越し たところに存在する〝意識学的方法論〟によって解明することに成功した。 以下に概略のみ記載する。
  • こんな寂しい夜は
    • 1,909
    • 2017/05/18 23:44
    こんなに寂しい夜はもう二度と味わいたくない泣きたくても泣けなくて苦しいともいえなくて最近、ヤフーの無料占いでよく言われる「あなたの気持ちの持ちようで人生の運がつかめる」ってでも、今までそんなに自分に正直に生きてきたわけではなく。割と空元気で弱みを見せずに生きてきた。きっと、周りは気付いているでしょうに・・・でも、カラカラと・・・でも、たまには私も・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ちょっと疲れちゃった。言葉に出したら、きっと壊れる。だから、ここに書く。皆さんも書いてこんな寂しい夜・・夜だけじゃなく。昼も朝も・・・・
  • 三島由紀夫の死は「感情的行動」の結果でしかなく
    • 2
    • 2017/05/17 19:36
    そこに、純粋な〝心〟〝おもい〟〝意識〟などあるはずもなく あったのは、ただ クソみたいな不潔で汚れ切った「激情」のみだった。 その「激情」とは、要するに、猟奇的殺人犯が獲物を目の前にしてもつ 感情の昂ぶりに似て脳内の神経作用としてはまったく同質なものである。
  • がん治療を受ける人へ送る言葉
    • 40
    • 2017/05/17 02:57
    医療機関で病気を治療してもらうことについて、筆者は基本的に肯定的見解をもっている。 〝意識〟がどうの〝心〟がどうのと日頃から叫んでいる者が、物理的手段に縋るなんて矛 盾してるじゃないかという愚な声も聞こえてきそうだが、それは誤解というものだ。 誰も(医療機関に)「縋る」なんて言ってないのだから。 とりあえず、(医療機関に)縋ったら何がマズイのかを説明しておこう。 (医療機関に)縋って、医療行為を受けていることに安心してしまうと、自ら治そうとす る力(自己免疫力)が油断してしまうからダメなのである。 その油断をついて、体内の敵(がん細胞)は増殖してくるだろう。 そもそも、医療行為によってのみ実現できるのは、敵(がん細胞)の殲滅という事態では ない。 それによってなしえるのは、せいぜい、敵の数を一定数まで減らすということでしかない のだ。 がん治療を受けるすべての人へ捧げる。 「自ら治すという〝意識〟を持ち続けながら補助的に医療機関の力を借り(治してもらう) というのが病気に対する必勝法である」 以上。
  • 〝意識的行為〟者と「感情的行為」者とはどこが違うのか
    • 4
    • 2017/05/17 00:12
    この問いが重要である理由は、次のようなシチュエーションが遠い昔から愚かにも 繰り返されているからである。 〝意識的行為〟者が為し得る〝勇気ある行為〟が、「感情的行為」者の「愚行」に 摩り替えられてしまう、ということ。 それは、現実的に不可能な場面で「非現実的な行動」を取ることが、客観的感覚的 に不可能と思われることを〝主観的意識的〟に否定するということと同義なのだと 直観的に錯誤することによっている。 〝主観的意識〟とは、「非現実」なものではない。 このことを勘違いしている(主に)唯物論者が意外に多いのだ。
  • 〝意識的行為〟の無為性が「言語」を発見する可能性について
    • 3
    • 2017/05/16 09:48
    人間の身体を機械的にはたらかせるための信号=「言語」は、欲望、感情などの 明確な物理的特性に対して置換性をもつことが証明されている。 このため、「言語」は〝意識〟のような非物理的事象に対しては反応することが できず、したがって身体のはたらきも、そこからは導出されることがないのだと 思われてきた。 しかし、そもそも、〝意識〟とは本当に<非物理的>な何かなのだろうか? もし、それが天使や悪魔のような想像上の産物であるとして、その想像は脳内の 電気信号という物理的現象なのではないだろうか? だとしたら・・・・われわれの〝意識〟が、欲望や感情などの明確なものではな い、ある種の天使、ある種の悪魔に身体のはたらきを委ねる「言語」を授与され る可能性は有り得るのである。
  • 感情的行動と意識的行為はどこが違うのか
    • 4
    • 2017/05/14 17:36
    「自分に素直に生きる」という概念を実践する場合に、標記のようなことは つねに問題にしなければならない。 なぜなら、「自分に素直に生きる」ことが、感情的行動に身を任せることな んだと誤解しているアホが結構いるからだ。 「自分に素直に生きる」ことが尊いのは、言うまでもなく意識的行為による 場合だけである。 では、感情的行動と意識的行為は、どう見分ければいいのだろうか? それは、はたして知り得ることなのだろうか? 断言しよう。 できる。
  • 心理物理量の研究~よもやまばなし
    • 511
    • 2017/05/13 23:04
    トピズレ歓迎です。自分の好きなテーマに沿って書いて頂いて構いません。(トピ主はネタに乏しいので)
  • 民主主義を守ろうとした天使たちと
    • 1
    • 2017/05/13 20:20
    君主(イエス・キリスト)を生かそうとした悪魔たちとでは はたして、どっちが正しかったんだろう?www この意味わかる人!!! ニャ~~ゴ☆     そっか、やっぱ、おまえはわかってくれるんだな^^ よしよし
  • 「多頭飼育崩壊」に眉を顰めるクソバカ民主主義者どもへ
    • 2
    • 2017/05/13 13:35
    野良猫を多数保護しながら、その保護主が(外部原因によって)ついに保護し切れなく なってしまうことを「多頭飼育崩壊」と呼んでいる。 この問題に眉を顰める(この問題を悪であるかのように看做す)クソバカ民主主義者の 考えていることは、つまりこういうことなのだ・・・・ 「可愛い可哀相という感情に流されて理性的な言葉で物事を考えられなくなった憐れな 人間の末路であり飼われていた動物にとっても悲劇だ」 アホかwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww ペットショップから可愛い犬猫だけを仕入れるのが大好きな「感情」という記号に 完全に操られているクソバカは、オメーらだろが!!!!!
  • 民主主義は人工知能の完成をもって終焉する
    • 6
    • 2017/05/12 21:43
    民主主義とは〝共感〟によって成立する人間の集まりではなく、あくまで 言語的に構築された制度に過ぎないからである。
  • 「感情」を過大評価するやつは「機械」である証拠
    • 1
    • 2017/05/12 21:03
    「感情」に素直であれば、それが〝人間らしい〟ことだと思っているアホがいる。 すでに説明したとおり、「感情」というのは言語化できる、ただの機械的信号だ。 そんなものに素直ということはな、言葉に出来ない〝おもい〟言語化不能な本当 に人間らしい〝意識〟を裏切ってる証拠なんだよ!!!!! 最後のチャンスをやる・・・・ テメーの〝意識〟に従って行動しろ。 それが出来ねーで、いつまでも「感情」の殻の中に閉じ籠ってるなら、テメーは 人間として死ぬことはないだろう。 機械のように廃棄処分になるだけだ。
  • 人工知能が「感情」をもつのは当たり前
    • 1
    • 2017/05/12 20:52
    言語化可能な「感情」と言語化不可能な〝意識〟の違いもわからない アホバカ科学者に限って、機械が「感情」をもつということが奇跡で あるかのように思ってやがるwwwwwwww ばっかじゃね? 「感情」は言語化できる。その証拠に、喜びの「感情」は一定の言語 (ハハハとか)の使用によって喜びを表現できる。怒りの「感情」は 一定の言語の使用(ドアホ!!とか)によって怒りを表現できる。 悲しみの「感情」楽しい「感情」も言語化することで、それらは共同 主観性を獲得するために表現できるわけだ。 この程度のことを人工知能ができねーわけねーだろwwwwwww 人工知能が逆立ちしてもできねーのはなあ!!!! 聞け、ヴォケ!!!!!!! すべての行為に圧倒的な影響力をもつであろう 絶対に言語化出来ない!!! 言葉にならない〝思い〟だ!!!!!!! その〝思い〟のことを、こう呼ぶのさwww        〝意識〟と・・・・
  • 侵略戦争のための兵器開発には協力しないが自衛闘争のためであれば協力するって?
    • 3
    • 2017/05/12 20:44
    たとえば、スラム街を歩かねばならないとき、(自衛のために)武器を持参する人間は 最初から「勝つことを想定している」のである。 殺し合いなんかしたくなければ、(自衛のために)武器なんか持つべきではない。 相手に必要なものを携帯していればいいだけだろう。 その相手が必要とするものを開発するために科学的学問を機能させるというのであれば 学問の自由は守られるだろうが、侵略戦争のためじゃないからいいんだという発想で 殺し合いの武器を研究するなら学問の自由は「ただの情念」に害されただけなのである。
  • 人工的な「人間」は「機械」と変わらない
    • 2
    • 2017/05/11 16:17
    「機械」はすべて人工的であるが、人間の中には人工的なものと 非人工的なものが存在している。 その見分け方は案外簡単で、次のような判断基準に照らせば概ね 明らかとなるだろう。 判断基準A:人工的存在は、すべて言語的に記述可能な原因をもつ たとえば、雌雄の生殖活動により受精、妊娠、出産とい う経過をたどり発生する「命」は、そのかぎりで人工的 存在であるにすぎないのである。 判断基準B:非人工的存在は、すべて言語的に記述できない原因をもつ たとえば、言葉にはできない思いに導かれながら、ある 〝命〟が救われるとき、その救われた〝命〟を非人工的 存在と看做し得るのである。
  • 必要のない人間と言われないために
    • 29
    • 2017/05/08 20:55
    哲学書を原書で読むな。 そんなことは「機械」でも出来るのだから。
  • 自然淘汰は〝愛〟とともに継続し「機械」淘汰は「憎悪」で終わる
    • 6
    • 2017/05/07 14:55
    この意味分かる人!!!!! は~~~~い♪    俺だけかよ!!(プッ)
  • 「猫の販売」も「保護猫の里親探し」も実質はまったく変わらない
    • 1
    • 2017/05/07 00:13
    要するに両者とも「キレイな」「見栄えのする」「カワイイ」子が好き な人間に、それを与えるというだけの話。 そうじゃない残念な子たちが、その需要と供給のシステムの中で救われ ることは理論的に有り得ないのだ。 保護活動が好きな人々の輪の中でこそ保護猫たちの命はみな等しく繋が れていくはずなのに、保護猫活動が好きなわけでもない、ただ「キレイ な」「見栄えのする」「カワイイ」「健常な」子が好きなだけの機械の ようなやつらに引き渡されて「命」がモノのように扱われているだけな のである。
  • こんだけ現代的で重要なテーマを挙げてやってるのに
    • 1
    • 2017/05/05 22:49
    クソバカどもは何の反応もしないwwwwwwwwwww 「笛吹けど踊らず」ってこのことだよね。 おまえら、これから何千年もの間、無能な人間として歴史に記録されることに なるんだよ? それが嫌なら頑張って返信しろや、ヴォケが!!!!!!
  • 「機械」世界で生き残っている〝人間〟に共通の要素
    • 9
    • 2017/05/05 22:23
    それは、〝自分の好きなことしかしない〟という〝意識〟的行為を持続している ということである。 ただし、多くの滅び逝く者たちは、このことを次のように曲解するのだが・・・・。 好きなものを追っかける「欲望」的行為をしてりゃ生き残れるんだwwww ↑ドアホ
  • 他人と悔いを残さず別れるためにはどうすればいいのか
    • 2
    • 2017/05/04 15:05
    他人から徹底的に嫌われ憎まれ排除されればいいのだ。 そうすれば、その他人は「機械」のようなものに変わり果ててしまう。 「機械」であれば失ったとしてもたいした痛手を被らないだろう。 どんな高級車でも、いったん売り払ったものに、いつまでも悔いを残す 人間など居ないように。 一度「機械」的存在と化した他人が、自分の前で再び人間らしく振舞う ことなど「こぼれたミルク」の格言どおり不可能なのだからwwwww
  • ★★★★★機械的絶望のみが死に至る☆☆☆☆☆
    • 1
    • 2017/05/04 11:47
    この最強のフレーズを忘れるな!!! ドアホ!!!!!
  • (命)に関われる者は「機械」ではなく〝人間〟であるということ
    • 3
    • 2017/05/04 11:45
    なぜなら、「機械」は「絶望」するが〝人間〟は〝希望〟をもつことが できるからである。 【猫エイズ】という野良猫がかかりやすいと言われている免疫系の疾患 がある。 「機械」が、この疾患を対象化して捉えるとき、その判断機能に生じる ことは概ね次のようなことだ。「機械」の中にあらかじめインプットさ れていた健常である場合の「良好な(欲望)状態」を阻害する原因とし て【猫エイズ】は、「絶望的要素」として判断されてしまう。 つまり、対象化された原因となるものが、欲望状態の断絶をもたらすと いう意味での「絶望」なのだ。 この機械的「絶望」が、〝人間〟の〝意識〟の中で、意識主体として 意識対象であるところの自己を〝意識〟するとき、どのようなメカニ ズムで乗り越えられていくのかを知らねばならない。 なぜなら、〝人間〟が【病】に絶望しないということはどういうこと なのかを自覚することは、いかなる(命)もけして見捨てないという 〝人間〟だけがすべての生き物の中で唯一誇りうる〝意識〟を死守し 得るからである。
  • 「絶望」しているだけの「機械」は〝希望〟が無いとは感じていない
    • 15
    • 2017/05/03 08:32
    この物理学の難解な公式にも似た〝言語記号が示唆するところ〟に気付ける者は 皆無に近いであろう。 われわれ人間には、(感覚的な)対象化への言及がもたらすものである「絶望」 に囚われてしまったとき、〝希望〟が無いという言及の仕方にシフトする〝意識〟 のはたらきが安全弁のように作用することがある。 「絶望」が有る、ということと〝希望〟が無いということには実はまったく次元 を異にする意味が内在しているのだ。 あえて分かり易く喩えるなら、「嫌いなもの(ゴキブリとか)が有る」というこ とと〝好きなもの(可愛い子猫とか)が無い〟ということの違い、ということが できるかもしれない。 哲学的構造的に前者は「ものの対象化」についての言及でしかなく、後者は〝対 象化する者〟への言及になっている。 〝希望〟を見出すのは〝希望〟の無さに気付いたからであって「絶望」に打ちひ しがれているからではない。 「絶望」した「機械」が出来ることは、せいぜいその「絶望」を取り除くことで しかないのだ。
  • 「絶望」と〝希望〟の、ど素人的な笑える解釈
    • 11
    • 2017/05/02 23:48
    ど素人は、「絶望」の対概念として「希望」をデッチ上げようとする。 しかし、「絶望」とは、それが有限的対象への絶望であろうが無限的対象への 絶望であろうが可能的対象への絶望であろうが不可能的対象への絶望であろう が、すべて何らかの感覚的対象への絶望なのである。 ゆえに、感覚的対象性を始原とする思考の中で「希望」もまた感覚的対象性の 向こうに現前する何かでなければならないということになってしまうのだ。 そもそも〝希望〟とは、天使か何かの姿を借りて対象化されるようなものなの だろうか?www そんなものが〝希望〟であっていいのだろうか?wwwww そんな血まみれの天使を「希望」の象徴にする「ど素人の集団」を、アタマの おかしい政治家や宗教者が、それをマンマと体現してきた暗黒の歴史があるわ けで。 よく聞いておけ。 われわれの〝希望〟は、「絶望」のように対象化する行為によって見えてくるこ となど絶対にないのだ。 では、どうすれば本当の〝希望〟に気付けるんだろう?
  • ど素人に限って一対の言葉を同一の次元で考えようとする
    • 9
    • 2017/05/02 21:32
    つまり、愛と憎しみ、正義と不義、善と悪、美と醜さ、といった概念を ある一定の考え方の次元(客観的、主観的、唯物論的、観念論的、唯心 論的、現象学的、等々・・・)で捉え、それがすべてであるかのように 看做してしまうのだ。 そこから、この宇宙に人間存在が生じたというわけでもないのにwwww アホか!!!!!
  • 〝愛〟という〝意識〟と「憎しみ」という「反応」
    • 1
    • 2017/04/25 22:05
    その両者に因果関係があると思い込んでいる間抜け野郎にとって 人間とは「感覚機能を本質とする動物」であるらしい。(嘲笑) 「感覚機能を本質とする動物」である人間にとって「愛」とは 「良い感覚を与えてくれた対象に向けられる感謝」のような 姑息な感情の一種にすぎない。 そのようなものとして、「愛」と「憎しみ」は関係付けられて いるのである。
  • 同性愛者の結婚を法的に認めないというクソ憲法学者の言い分
    • 1
    • 2017/04/24 19:24
    がサッパリわからないwwwww こんなクソ野郎の意見聞いて楽しいか?wwwwwww そもそも、私秘的性質をもち国家権力の介入を排除するのが当然のかかる問題について なぜ「法体系への適合を諮る」必要があるのだ? そんなことも自分で決められないなら、その国は【毒国家】だろうが。 まるで、親の承認を得なければなんにもできない「バカ息子」「バカ娘」みたいで笑え るんだがwwwwwwwwwwww 法で決められたことが絶対だというなら、西暦2222年2月2日に生まれた子供は殺 されなければならないと分厚い書物かなんかに定められていれば、そのときに運悪く生 まれた子供は殺されるのが当然なのか?wwwwwwwwwwwwwwwwwwwww 私秘的限定的関係をすべて公の基準で判断すべきだというなら、治療に何億円もかかる 心臓病の子供を治していたらキリがないし国家財政が破綻するから、寄付とか募るのは 法的に規制しなければならない、とでも言いたいのか?wwwwwwwwwwwwww このクソ憲法学者の、なんでもかんでも法律を優先させるアホみたいな考え方の、いっ たいどこに魅力や面白味があって公共の電波で拡散されているのか、俺にはサッパリわ からないんだが・・・・・・
  • □ 限界の風景 □
    • 10,763
    • 2017/04/24 17:34
    あなたの限界はどんな風景ですかどうしようもなく 孤独でただ訳もなく 行き止まりで此の世の正義などこの境地には 何も役に立たない足元の暗さに 恐くて前に進めないだけど後ろから 何かが 急き立てる進むの?留まるの?消えるの?待つの?探しに行くの?ps.自分勝手な言葉を綴ると  他の人に迷惑になってしまうから  行き場が無い…という方  独り言でもいい  慰めて欲しいなら そう言って  独りで寂しいなら 声を待って  限界の風景へ ようこそ此処では あなたが あなたのままで...
  • 残る生き方――消える生き方……
    • 3
    • 2017/04/23 15:17
    残る生き方 = 人間と機械のあいだで活躍する「パイプ」 理由:技術革新が極限まで進んでも その極限まで「パイプ」は必要だから 消える生き方 = 機械そのものに付着する「歯車」 理由:技術革新によって「歯車」のない機械が出来るから
  • 地獄のような4月も半分を過ぎた
    • 3
    • 2017/04/23 13:18
    俺が10日間も投稿をしなくて何かあったんじゃねーかと期待してたバカはどいつだ?w あいにく俺は、この10日間で数千万の手数料収入を上げるため大忙しだったのだ。 俺みたいな天才でも仕事しかできない時期はあるのさwww 普段は、時給5万円だが、4月限定で(瞬間最大)時給はその10倍以上になる。 もうちょっと待ってろ。5月になったら、いくらでも相手してやるよ!wwwwwwww
  • 何事かを信じて詐欺にあった人間を〝危機意識〟がないと
    • 2
    • 2017/04/23 08:43
    批判する奴には、〝信じる〟という人間として最も大切とされている〝意識〟が 欠落している可能性がある。 信じていた者に裏切られ結果として詐欺にあったという事実から、〝危機意識〟 の有無に言及するという不気味な論理は、そもそも、工事現場の近くの道路を歩 いていて頭上から物が落ちてくるかもしれないという何の信念も関与していない 客観的条件に対する「危機予測」と、一定の状況の中で自分自身が何をすればよ いのかという生き方そのものに関わる〝信念〟に基づく〝危機意識〟との違いを 看過しているのだ。 なぜなら、他者を裁く道具としての「危機予測」とは異なり、〝危機意識〟には そういう用法はまったく無いからである。
  • △▼△天才フィジカくんのネコ語!《保護猫活動》相談室▼△▼
    • 5
    • 2017/04/18 18:11
    保護猫活動家というのは「一次保護者」のことニャ☆ 野良猫を直接保護する人たちのことで建設業界でいうゼネコンみたいなもんニャ☆ 資金力がハンパなく必要になるニャ★☆★ たいがい「二次保護者以下」に下請け(里親)に出すんだけど「三次」「四次」 「五次」・・・とかたらい回しにされると保護された猫もたまったもんじゃない と思うニャ・・・★★ だから保護猫活動家たる「一次保護者」は下請け(里親)を一切使わない(募集 しない)で完全自社施工(自分んちで全部面倒見る!)べきだと思うんだニャ!☆ pゝω・)ダヨネ
  • こんな思考形式をもつ奴は一生ヒャクショウでもやってろwwwww
    • 2
    • 2017/04/18 00:21
    手段にすぎない物事を指して、それかそれでないかの二択しか思い浮かばない。 こんな思考形式をもつ奴は一生ヒャクショウでもやってろ!!
  • 人間が造り上げた欲望の道具としてのペット動物を見て
    • 3
    • 2017/04/15 21:55
    カワイイ♪ 飼いたあ~~~い♪♪ とかホザいてるクソ人間は 所詮、動物でマスターベーションしてるだけだよな?www
  • △▼△天才フィジカくんのネコ語!《小さな善意》相談室▼△▼
    • 4
    • 2017/04/04 00:38
    小さな善意はゴミみたいなもんで「無責任」という悪臭を放つことがあるニャ★ でも ゴミだって大量に集めれば何かの役に立ったりすることもあるから侮れないニャ☆ =ёェё=)o ゴミハ シゼンノナカニ ステチャダメダヨ
  • 〝勇気ある撤退〟は「逃げる」こととどう違うのか?
    • 5
    • 2017/04/04 00:15
    客観的危機的状況に対して自らの力量を〝意識〟しつつ退くことを〝勇気ある撤退〟 と言う。 客観的危機的状況に対して自らの力量を〝意識〟せず一般的な考え方で退いてしま うことを「逃げる」と言う。
  • 「逃げないこと」が正しいのではなく
    • 3
    • 2017/04/03 19:16
    〝勇気ある(撤退でない)前進〟が正しいのだ。 「逃げないこと」は、自分を見失っている悲惨な状態でしかなく 客観的危機的状況への無残な生け贄でしかない。
  • 自分は正しいことをしているという〝意識〟はどこまでが本当に正しいのか?
    • 3
    • 2017/04/03 18:23
    主観的事実としての正しさという〝意識〟の仕方は全く正しい。 しかし、 客観的事実となった(なっている)ことを正しいと認識し、それに従わぬ者 それを批判する者を敵視する仕方は全く正しくない。
  • 自殺者の主観的意識を共有し自殺者とのコミュニケ-ションをはかるのは何のためか?
    • 5
    • 2017/03/25 22:37
    自殺者が遭遇した状況において自殺する選択をしないようおのれの主観性を鍛えるためである。 以上。
  • 自殺者の主観性を意識するにはどうすればいいのか?
    • 5
    • 2017/03/25 11:00
    自殺者が遭遇した状況を再現し経験し、ありのままに意識し続けることである。 以上。
  • 【自殺は社会現象なのか】電通問題批判としての試論
    • 18
    • 2017/03/25 09:45
    ある一人の女性が何らかの複合的要因によって自ら命を絶ったことにより、それは 「ハードワーク」「パワハラ」「企業モラル」等の社会問題を浮かび上がらせ果て は「福利厚生の向上」にまで言及するが如き様相を呈している。今まで(そういう 問題に)何の関係もなかった一般市民をもヒステリックなまでの社会変革の波に巻 き込もうとしているこの状況は、はたして正常と言えるのだろうか? 明らかにそこでは社会現象としての【自殺】が問われている。 こういう社会的状況が、何の罪もない将来に有り余るほどの夢を抱いていたであろ う彼女を自殺に追い込んだのだ。だから、そんなクソみたいな社会状況は変えたほ うがいい・・・・いや是非変えるべきなのだ。でないと、彼女が浮かばれないじゃ ないか・・・・・。という心理が一般的にはたらいているように思えるのだ。 しかし、この心理には何かが足りないのである。 たしかに彼女の書き残したものからは労働環境の恐ろしいほどの劣悪さは読み取れ るかもしれない。しかし(過酷な受験戦争に挑むように)その状況に必死に耐える 姿は想像できても、それが原因で死の道を選択したとは一言も書かれていない。 そもそも労働環境が「死」の原因になるということは、その環境自体が重大な物理 的危険性を孕み、なおかつそれが回避不能である場合に限られるはずだ。 そうであればこそ、その労働環境を改善することには意味があると言える。 私は思うのだが、【自殺】を社会現象として取り上げることは無意味なのではない だろうか? 当人が【自殺】の原因を特定出来ていない以上、状況証拠だけで客観的事実を固め るかのように〝主観的原因〟をデッチ上げることには、まったく共感できないから だ。
  • 他者の主観的事実を共有するのは何のためなのか?
    • 5
    • 2017/03/24 22:24
    人間の脳機能が「赤」という色の刺激を客観的物理的反応として受け取る次元を超えて それを〝赤〟として主観的に意識するのは何のためなのか? 単なる客観的物理的反応が個物の差異を際立たせるしかない作用であるのに対し、〝赤〟 という色の主観的意識は、われわれにある全体的な共有感覚を与えているように思える。 そして、主観的に共有した意識上の〝赤〟があってはじめて、われわれは互いに世界に 存在する様々な要素を用いて理解し合うことができるのである。 主観的意識は、われわれにコミュニケーションの道具をもたらすのだが、客観的反応は それが如何に早いものであろうと、それが如何に正確無比であろうと認識されたものへ の固執しか生まないのかもしれない。 つまり、われわれが他者の主観的事実を意識的に共有するのは、その他者と何らかのコ ミュニケーションをとるためであると考えられるのだ。客観的物理的な脳神経の反応に よってバラバラにされた世界を繋ぎ合わせるかのように、主観的意識がはたらいている のである。
  • 他人の主観的事実は本当に経験できないのか?
    • 7
    • 2017/03/24 00:27
    よく他人の思い(主観的事実)は、その人だけにしか経験しようがないことなので 他人がそれを代わって経験するということは絶対にできないと言われたりする。 これは本当のことなのだろうか?  そもそも、ここで言われている主観的事実とは、どのようなもののことを指してい るのか? あまりにも漠然としていて理解し難いのである。 たとえば、私が「痛い」と感じたその痛みを、誰かが感じることができないのは、 「主観的事実」についての言及なのだろうか? *筆者はこれを「個物に内在する客観的事実の相違」としか考えていない。 あるいは、私が「痛み」について考えるとき、その痛みをコントロールしようと する思いをもつことは「主観的事実」とは言えないのだろうか? *筆者は主観性がはたらくのは、こういった局面にしかないと考えている。 つまり、「痛み」それ自体は客観的手法によって分析可能な神経反応としての(他者 から断絶した(経験不可能な))認識なのであり、「痛み」への思いは主観性のはた らきがもたらすもので(他者と共有し(経験可能な))意識であるということなのだ。 これを敷衍するならば、「精神的ストレス」自体は客観的手法によって分析可能な神 経反応としての(他者から断絶した(経験不可能な))認識なのだが、「精神的スト レス」への思いは主観性のはたらきがもたらすもので(他者と共有し(経験可能な)) 意識として取り出せるのではないか、ということが言えそうなのである。 であるならば、今まで「主観的事実」として客観的議論の俎上に乗せようともしなか ったものが実は、「痛み」や「精神的ストレス」そのものへの客観的言及に過ぎない (筆者はこれを客観的呪術性へのアレルギー反応と呼んでいる)のであって、それら に対しての主観性が応じようとする涙ぐましく健気な、そして誰にも経験可能な事実 への言及がなおざりにされてきたことは、いったい何だったのだろうか?
  • 〝幸福〟と「快楽」
    • 1
    • 2017/03/23 18:04
    私は〝幸福〟である。 この命題は正しい。 あの人は〝幸福〟である。 この命題は誤っている。 社会的に認知されている多くの「幸福と看做される事実」でさえ実は「快楽」でしか ない場合がほとんどだ。 たとえば、自分の生き方を貫き目標に辿り着いた者が抱く思いは〝幸福〟だろうか? それを〝幸福〟なこととして、自分の生き方を貫き目標に辿り着くことを奨励すること は正しいのだろうか? あの人は「快楽」を感じている。  この命題は正しい。 私は「快楽」を感じている。 この命題は誤っている。 人間には「快楽」を認識する機能の他に〝幸福〟を意識するはたらきがある。 しかし、〝幸福〟をそれと意識することは非常に困難なので、多くの場合、誰もが 「快楽」の認識において倫理を語ろうとするのである。
  • クソ野郎にかぎって倫理観を特定の場所に限定したがる
    • 1
    • 2017/03/23 12:21
    そういう奴にかぎって口では良いことを言っておきながら、自分だけが 幸せになればいいとしか思っていないのだ。 考え方に「場所的限界」のあるクソ野郎の言うことを信じるな!!!(唾棄)
  • 倫理観念と理論的理性の基本概念
    • 2
    • 2017/03/23 12:15
    理論的理性は、直接的直観的に受け取る倫理観念を肯定する形式をとらねばならない。 そうでない理論的理性は「偽(ニセ)」であり倫理観念を隠蔽するだけとなる。 偽の理論的理性は、たとえばこういう形式をとる。 「私はこういうふうに生きたい」(倫理観念) 「しかし、社会的条件はそれを許さないだろう」(理論的理性) 「なので社会的条件に合致するような生き方のほうを選ぼう」(偽の理論的理性)
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